俺が夜尋と聞いてすぐに思い浮かぶのは、オルガンを弾いている姿だった。日曜の礼拝は勿論、アイツは暇さえあればいつもオルガンを弾いていた。まだ小さかったアイツは足で踏む方の鍵盤には足が届かなかったけど、それでもその演奏は俺でもわかる位綺麗で心地良かった。気持ち良すぎて演奏中に寝ちまった俺を夜尋と雪男が笑って起こす。そんなこともあったりしたっけ。

次に思い浮かぶのは笑顔。夜尋はいつも笑っていた。どんなに辛いことや苦しいことがあっても、夜尋はいつだって笑顔だった。初めて会った時も、そして音楽の勉強をしにヨーロッパに行った時も、夜尋は笑っていた。俺も雪男も夜尋の笑顔を見るとなんでかわかんねぇけど安心して、どんなに泣いた後でもつられて笑うことが出来た。

そんな夜尋が、泣いていた。
ジジィが死んだとわかるなり、夜尋はぼろぼろと泣き始めたんだ。

夜尋が泣く姿なんてまともに見たことが無かった俺と雪男はどうしたら良いかわかず、修道院の人が来るまで呆然と夜尋を見ることしか出来なかった。



◆ ◆ ◆



「…夜尋、入るぞ」

返事を待たないで扉を開けば、夜尋はベッドの上で体育座りをしていた。肩が震えてしゃくり上げる声がするから、まだ泣いてるんだろう。

「お前どんだけ泣くんだよ…」
「ぐすっ……ごめ、私っ、泣くと、止まらな…っ」
「わかったから顔擦るな。腫れるぞ」

慌てて顔を拭おうとする腕を掴んで止めさせる。そのまま横に座ると、掴んだ手を通して夜尋の力が抜けたのがわかった。

「…久しぶり」
「ひ…っく、ひっ、ひさ…」
「あーわかったから喋んな」
「ひど、い…」
「…9年ぶりだよな、会うの」

俺の言葉に、こくりと夜尋は頷いた。さらりと揺れる黒い髪は胸位まで伸びて、身長も俺が結構な差で抜いてしまった。昔は頼もしくて少し悔しかった背中も、今は小さく華奢に感じる。

「…り、ん」
「…なんだよ」
「りん、は…わる、く、ない…よっ」
「…!!」

夜尋の顔を見れば、夜尋は俺を真っ直ぐ見ていた。涙は相変わらずぽろぽろ流れてて正直汚ねぇけど、俺には何故かその瞳から目を離すことができなかった。

「だか、らっ…おしえて、ほしいの…。なに、が、あった、の、か」
「私、だって、知る権利く、らい、ある、よ…!」
「…けど、」
「いい、な、さい!」

言うがいなや飛んできた枕を咄嗟に受け止めると、癪に触ったのか夜尋が何かを掴んで振り上げた。

「…って目覚まし時計は止めろ!!」
「いえっ、ての!」
「わかった!わかったから手を降ろせ!俺を殺す気か?!」

目がマジだった夜尋をなんとか宥めて、俺はありのままを話した。俺の話を聞く夜尋の目は真剣で、少しだけ救われた気がした。

「…って訳なんだけど」
「……そっ、か」

俺が話し終わると、夜尋は俯いて黙り込んだ。しゃくり上げる声だけが辺りに響いて、どうしようも無くなった俺は夜尋の肩を引き寄せた。

「…り、ん」
「明日も早いんだから早く寝ろ。居てやるから」

そう言うと、夜尋はほっとしたのか俺に寄りかかってゆっくりと目を閉じた。まだ泣き止んではねぇけど、だいぶ収まってきたみたいだった。

ふと窓の外を見ると、ぽつりぽつりと雨が降り出していた。

「明日…雨だったな……」

朝に見た天気予報を思い出して、少しだけ泣いた。
あんな日常は、もう二度とねぇんだ。



Title by メルヘン




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