「えええええー…」

フライモンが突き抜けていった窓ガラスを、瞭は呆然と眺めていた。





確か、この窓ガラスは防犯として間に鉄網が入っていて、かなり分厚かった筈だ。しかし、先程の音は明らかに普通のガラスが砕ける時のそれだった。

「…もう、いいや」

あんな化け物のような大きさの蜂に追いかけられていたのだ。実際に体験したわけだから今更真偽も何もあったもんじゃない。考えるな、感じろ。
半ば投げやりにそう考えながら、瞭は割れた窓から外を見上げた。

突然現れ瞭の危機を救った生き物は“レナモン”と名乗った。そのすらりとした体躯と凪いだ海の様に穏やかな瞳は瞭の心に印象深く残った。
レナモンは獲物を仕留め損ねて怒っているフライモンにちらりと視線をやると、呆れた様な溜息を吐いた。

「…?」
「あぁ。…奴も馬鹿なことをしたな、と思って」

瞭の視線に気がついたのか、レナモンはその声音に笑いを含ませ言葉を紡いだ。

「奴を倒してくる。瞭は此処に居れば良い」
「え、でも」
「此処に居て。瞭を危ない目には遭わせたくない」

言いかけた瞭を静かに制すると、レナモンは今度はしっかりフライモンに相対する。
レナモンは僅かに体を沈めた。
勢い良く床を蹴る。
だんっという鈍い音がした方を見れば、そこには既に腹部を殴られて叩きつけられたフライモンの姿。と思ったら次にはその目の前にレナモンがいる。

まるで、鎌鼬だった。

視界に映ることもなく、しかし敵は確実に傷が増えてゆく。
その姿に、瞭は驚きと同時に一種の恐怖も感じていた。彼もまた、あの蜂と同じ“人外”なのだと。

そうしてレナモンの圧倒的な力でフライモンが吹っ飛ばされ、冒頭に至るわけだが。瞭は溜息を一つ吐くと、改めてコンピューター室を見回した。
コンピューター室はパソコンがなぎ倒され、モニターが大破していた。配線はフライモンの羽ばたきが原因か引きちぎったようになっており、修復にはかなり時間がかかるだろう。

(うーん…休校かな、これは)

となると休校明けの補習の量が…と遠い目をする瞭。
というか、学校これからどうするんだろう。逃げてる時、確か窓の外に大きな怪獣がいた気がするんだけど。
そんなことを考えて現実逃避をしていた瞭だったが、ふと聞こえた、ばさり、というまた別の羽音に勢い良く窓を振り返った。
―――何か、来る。
今度は鳥の化け物でも来るんじゃないか、と身構えた瞭だったが、結局その心配は無駄に終わった。よく聞き知った、というか、つい今朝聞いたばかりの声がしたからだ。

「…瞭ちゃん!」
「た、タケル君?!」

瞭の目に映ったのは金色に輝く天馬のような生物と、その背に乗って此方に手を振るタケルの姿だった。
タケルを乗せた生物が、前脚を使って器用に割れ残ったガラスを落とすと、タケルは慣れた手付きで窓を乗り越えてきた。瞭は突然の展開に固まっている。
タケルが着ている部活の練習着が、妙に浮いて見えた。

「大丈夫?! どこも怪我してない?!」
「え、あ、うん…平気」
「良かった。じゃあ、取り敢えず、此処を出よう」
「あのば……生き物は…」
「後で話すから、今は…ごめん」

無意識に化け物、と言いかけたのを慌てて別の言葉に変える。瞭には、タケルが乗っていた天馬のような生き物も、あの巨大な蜂と同じもののように思えた。だから、簡単に化け物と言ってはいけない気がした。
ふと、瞭は先程から気になっていたことをタケルに聞いた。

「ねぇ、真琴って子、見てない?」
「彼女なら元気だよ」
「本当?!」
「うん。此処に瞭ちゃんがいることを教えてくれたんだ」

「本当は此処まで案内してもらう筈だったんだけど…」と困ったように笑うタケルを見て、瞭は思わず苦笑した。真琴は筋金入りの動物嫌いと高所恐怖症の持ち主なのだ。

(うちのコンピューター室は半地下だからなぁ…)

構造上学校の周囲は掘りのようになっており、外から回るにはその掘りを降りなければならないのだ。掘りは急な上、地面もかなり下にある。そこを天馬に似た生物に乗って降りるなんて、真琴には拷問だ。
昆虫は平気な癖に、とここにはいない友人を不思議に思っていた瞭は、突然右手に感じた感覚に、はっ、と思考を戻した。見れば、タケルが瞭の手を取って、おもむろに歩き出していた。

「ガラスが落ちてるから気をつけて」
「え、っちょっと、待って!」

なるべく破片が少ない道を選んでくれているらしいタケルに「紳士だなぁ」とのんびり思いながら瞭は後に続く。そして天馬に乗せてもらっている間も、やっぱりタケル君には馬って似合うなぁ、などと場違いなことを考えると同時に「私ってもしかして意外と肝が座ってる?」なんて呑気に思っていた瞭だった。

(というかいろいろありすぎて慣れちゃった…?)
「瞭ちゃん、大丈夫?落ちそうになってない?」
「あっうん平気だよ!」





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -