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神威と神楽
ただの気まぐれだった。嘘をつくことが許されるというこんな日に、こんなこと言ったらどんな顔するだろうという小さな興味だった。
「わたし神威のこと、好きで好きでたまらないアル」
振り返った兄は、怒っているような呆れているような、はたまた哀しんでいるような笑顔で私の目を見てきた。何故かその表情からは敗北感を覚えたが視線は変えなかった。目は合わせたまま神楽、と名前を呼びながら腰に腕を絡めて頬に冷たい手をはわせてきた。
「やめろヨ、気持ち悪い」
絡みついた腕を押しのけながら目を逸らした。自分が起こしたきまぐれをいまさらに後悔していた。今の兄の目は、何でだか、見るのが苦しい。いつもはあの気持ち悪い笑顔だ。お面を貼り付けたような、形式だけの笑顔だ。なのにさっきから兄は笑っていない。こんなこと思う自分こそ気持ち悪いが、優しいのだ。兄の目が。表情が。まるで昔のように。
「じゃあ俺は、」
自然に俯いてしまった顔を追うように覗き込んできたので、喉が渇いた、と言い訳をして兄から離れた。ドアを開けて部屋を出てから振り返って青い瞳の兄を見た。冗談も通じない兄に種明かしをしようとして口を開いた瞬間、名前を呼ばれた。
「愛してるよ」
今日は4月1日。