三成くんの処刑から一月が経った。私はあの時のことが今でも昨日のように覚えている。とても楽しそうな家康の笑顔が頭から離れないのだ。
あの日から変わったことと言えば、処刑を目の前で見せられ気を失い、目が覚めたら牢ではなく部屋の中だったことだ。久しぶりの畳と布団は全然落ち着かないし、いっそ目が覚めたら地獄にいて、三成くんと刑部が待っててくれた方が嬉しかった。―今の状況も地獄といえば、地獄ではあるが―
そして今までとは違う周りからの扱い。上質の着物を持って来たかと思うと、媚びを売るかの如く上辺だけの笑顔で「奥方様。」と接してくる。誰が奥方だ、誰が。どれだけいい着物を着ようとも、どれだけおいしいものを食べようとも、満足することなんてない。三成くんがいないから。
昔はずっと一緒に食べていた。小さい時からずっと。佐吉くんから三成くんになって、ご飯を食べる量が減った。食べない日もあった。でも私が一人で食べるのが寂しい、とお膳を持って行き目の前で食べると、渋々だが一緒に食べてくれる。いつしかそれが当たり前になり、食が細いことを心配している兵達も喜んでくれた。それから太閤様や半兵衛様も。半兵衛様は「ありがとうね」と優しく笑って頭を撫でてくれた。もちろん、刑部も―一番心配していた人かもしれない―。あの時のご飯が一番美味しかった。一人で食べるご飯なんて、味気なさ過ぎて。
食べなきゃいいのにってことはわかってる。始めのうちはそうしてたし、何度も死んでやろうとした。結果は家康が付きっきりで私の傍につくことになって、余計に息苦しくなっただけだった。

「もう、死のうなんて考えないから…」

泣きそうになりながら、でも涙を見せないように耐えながら、懇願した。―屈辱ではあったが、もう今更だった―その結果、一人部屋を手に入れた。始めは気が楽になった。もう一日中家康と一緒にいることはないから。今は八つ時と眠る時だけやって来る。

ある日長く城を空ける日があった。1614年、冬のことだった。私はしばらく奴と会わなくて済むんだ、と手放しで喜んでいた。それが間違いだったということに早く気付くべきだった。
少し経って入った知らせ。家康が大坂城を攻めた。
しかしさすが太閤様が残した家臣と大坂城。和解で終わることが出来たらしい。
それから私はしばらく家康と口をきくことはなかった。このことも私がしてしまった間違い。この時私がしなければいけないことは、大坂城を攻められたことに腹を立て口をきかないことではなく、押さえつけてでも家康から離れないことだった。
夏になり、再び家康は大坂城を攻めた。結果は家康側の勝利だった。

「どういうこと、家康。」
「おお、お前から話しかけてくるのは久しぶりだな。最近は口をきいてくれなくて寂しかったぞ。」
「私は君と談笑する為に話しかけたんじゃない。私が聞きたいのは、大坂城のことなんだけど。」

そう目線を強くして言うと何故か家康は更に笑顔になった。苦笑とかじゃなく心底嬉しいことがあったように。ニッコリと笑っていた。

「これでお前の帰る所は無くなったな。安心してわしのもとに嫁げるな。」
「は?」

開いた口がふさがらない。何を言っているのか。まず第一に嫁ぐ気はない。この結婚が豊臣の為となるのであればまだ考えることも出来るだろう。そう、豊臣の為ならばだ。でも、今のは私にとって豊臣という場所が家康との結婚の枷になっているような感じがした。
小田原の時も関ヶ原の時も、家康は平和な天下を目指して戦っていた筈だ。いつから家康は可笑しくなった。私が三成くんを好きだと言った時か、いや、私が閉じ込められている時から家康は可笑しくなっていた。考えれば考えるほどわからなくなる。ただ分かったことは「嬉しいか?」と尋ねる家康に頷かなければいけないことだった。
家康に強く抱き締められる。痛いと胸を弱く押すと、少し身体を離してから顔を近付けてきた。喜色を浮かべる家康の目は濁っていた。きっと、私の目も濁っているのだろう。何も考えたくなくなって目を閉じた。

翌日婚儀が催された。白無垢に包まれ、髪も綺麗に整えてもらった。家康は終始笑顔で、お祝いしてくれる兵士達も笑顔だった。仮にも私は西軍で敵だった筈なのに。可笑しいのは家康だけでなく徳川全体であったんだな、と笑った。
「楽しいな、」と家康が笑った。私も笑った。「幸せだな、」と家康が笑った。私も笑った。家康が笑うと私も笑う。笑ったまま私を抱き締めてくる。
「わしはお前を愛している。」私は答えずに髪を整える際に失敬した簪を強く握りしめる。そしてそれをゆっくりと持ち上げる。きらりと光るそれに気付いた家臣が声をあげた。私は笑う。

「私は君が大嫌いだ。」

首に鋭い痛みが走る。声にならない声で私は言った。
「三成くん、大好き。」


さようならから始めよう



家康の驚愕に満ちた顔を最期に私の視界は真っ暗になった。







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