8
気が付くとソファーの上だ。
「気がついたか」
「リボーン」
俺はむくりと起き上がると立ち上がって伸びをする。最近睡眠不足だったからか、よく寝て気持ちがいい。
「懐かしい夢を見たんだ」
ねぇリボーン。そう彼に問いかける。
「そうか」
彼はどんな夢だとか野暮なことは聞かなかった。きっと聞かなくてもわかるのだろう。
あれから五年。俺は意識を失ったままボンゴレに匿われ彼とは一度も会っていない。
その間に俺はある計画を実行するために着々と準備をしていた。
ヒバリさんはあまりにもボンゴレにとってもそれ以外にとっても危険すぎる存在故、裏社会のルールに乗っ取って成人したと同時に抹殺される。これは五年前から決まっていることだ。もう変えられない。
意識を失う直前に感じた彼の狂った獣の中に潜む悲鳴が今でも耳に残っている。
あの時、彼も俺も幼すぎた。だからその行為が意味するものが何かわからなかった。
しかし今ならわかる。
ただ求めることしか出来なかったあの頃の彼を救いたい。それには今しか彼を救うことは出来ない。
俺はリボーンに手を差し出した。
リボーンはそれを暫く見詰めて、その手に自分のそれを重ねる。強く握る。
今までも今もこれからも迷惑をかける。
「本当先生には頭が上がらないや」
冗談めいて言うと照れたのか、よせとか気持ち悪い等と言われる。
きっと最後だ。
「ありがとう」
いつも言わなければならない場面で言ってこなかったこの言葉。すっと言えた。
「ふん。後始末するのは此方なんだよ」
計画を話したときあんなに反対したリボーンだが、俺の意思の固さに遂に折れてくれた。
最後の我が儘を通させてくれてありがとう。これ以上何か言うと涙が出そうだ。
「今更後悔なんてしてんじゃねーだろうなあ」
「してないよ」
只俺が皆に守られていたのを実感した。
ありがとう。黙っていてごめんなさい。
「じゃあ、いってきます」
「ああ」
リボーンは少し笑って右手を上げた。
扉が閉まる。廊下には俺しかいない。
大きく息を吸い込んだ。
此処からは一人だ。
きっと大丈夫。そんな声がした。
その声に背中を押されるように屋敷を出た。

歩いて暫くすると目的地が見えてきた。
俺は思わず顔を綻ばす。
まだなのに。それでも嬉しさがもう込み上げてくる。
扉には誰もいない。当たり前だ。自分が人払いさせたのだから。
扉を開けると中は廊下が長く続いていた。足を踏み入れる。カツンと冷たい音がした。
カツン、カツン。歩く度に響く音は反響している。きっと聞こえているんじゃないかと思う。
やっと足を止める。
「やっと会えた」
南京錠をいとも簡単に壊す。
檻の中は殺風景だ。何もない。
チャリ、と鎖が擦れる音がした。
「ヒバリさん」
もう何年も相手に言えなかった名前を呟く。返事はない。
「ヒバリさん、お久しぶりです」
そこでやっと彼は顔を上げた。
その目は五年前のも何も変わっていなかった。
此方を睨む瞳の中に怯えながら助けを求めている彼が、見える。
「君が殺すの」
五年振りの再会を果たした後の第一声がこれはどうよと思わず突っ込みたくなるが状況が状況なだけにそんな悠長な事は言っていられない。何せ時間がないのだ。
「いえ」
じゃあ興味がないとでも言いたげに目をそらされる。
「目の前で死ぬ瞬間をわざわざ見に来るなんて馬鹿にするのも程がある」
「見ませんよ」
だって俺、ヒバリさんともう離れたくない。
「は、」
その目は呆れていた。
「ボンゴレは五年間で引き継ぎをしてきました。もう俺がいなくても大丈夫です」
彼が呆れている。こんな人間らしい表情を見られるなんて来たかいがあった。
「意味がわからない」
「五年前、」
ヒバリさんがごくりと唾を呑み込む音が聞こえた。
「あの時の俺を襲っていた時の貴方は助けを求めていた」
「そんなわけない」
まあそんな簡単には認めないだろう。そんな人間らしい感情等。彼にとって60億人以上いる人間と同等になることは自分が彼等と同じく弱い存在であると言うことを認めなくてはならない。
「だから今度は俺が助けます。あの時救えなかった貴方を」
拒否権は認めない。そんな口調で言うと、諦めたのか口を開かなかった。
確かに彼を救いたかった。だがそれはもう離れたくなかった自分のエゴも含まれている。
五年前から俺は彼に絆されていたのだ。
後に残る友人達を思い浮かべる。俺がいなくてもきっと彼等なら何とかしてくれる。
「もう貴方が嫌と言っても離れませんから」
そっと彼の体を抱きよせる。鎖が異様に冷たかったが気にしない。
「そう」
この一言で五年前の彼が救われたことがわかった。涙が流れる。頬を伝って彼の服を濡らしていく。
自分のエゴも五年前に彼を見捨てた自分も救われたような気がして、涙を止められない。
「ヒバリさんて凄いや」はは、と鼻声で話す。
「相変わらず馬鹿だ」
俺はにっこりと笑う。きっと五年前の自分ならよく出てきた笑顔。
袖で顔を擦る。彼の腕がそれを制すように伸ばされる。
彼の顔が近付く。目を閉じる。
音は何も聞こえない。きっと最後のキス。
涙はすっかり止まっていた。
目を開けると相変わらず無表情な彼の顔に笑えてきた。一体どんな表情をしてキスしたのかと思った。
何処かから足音がする。そっと彼の手を握ると握り返された。
「もうすぐです」
「そうだね」
恐くないと言ったら嘘になる。本来なら俺はもっと普通の人生を歩んでいた筈なのだ。
後悔したくなく敢えて選んだこの道を踏み外したくない。
だんだん人の気配が感じられるようになってきた。一面金属で出来ているため靴音がよく響く。
「やっと来た」
「ふん」
遂に時は来た。よく見知った面子に笑みが零れる。暗殺部隊。ヴァリアーだ。
ザンザスが口を開いた。
「俺はボスであろうがなんだろうが邪魔するやつはそいつと共に殺れと言われている」
流石リボーン。ちゃんと話は通してくれたみたいだ。向けられた黒い銃口が鈍く光る。彼は相変わらずみたいだ。この状況の中でこんな馬鹿馬鹿しい事を考えた自分を嘲笑った。
「邪魔なんてしないよ」
只俺はずっと彼の側から離れない。
「いいんだな」
大きく頷く。
これはきっと最終通告。だが俺の答えはもう一つしかない。
「だってこれからはずっと一緒にいられる」
そう言って笑って目を閉じた。
もう迷いはなかった。


〈end〉

2010.11.02

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