「木ノ瀬くん、月子知らない?」
「え、月子先輩ですか?」
「…見てない?」
「さっきまで自主練をするって…」
「ほんと?ありがとう!」

ニッコリと笑ったかと思えば、走り出そうとする先輩の腕を掴む。あの、少しだけ、話しませんか?数秒考えた後、先輩は携帯で誰かにメールをしては、僕を見て頷いた。








「で、どうかした?」

中庭で足を目一杯伸ばした状態で先輩は僕を見た。いつも犬飼先輩達といる先輩が、一人だけで僕の隣にいるかと思うと少しだけ嬉しくなって、僕は先輩の手を握る。握った場所から少しずつ熱くなるのが分かったような気がして、笑みがこぼれた。

「名字先輩、顔赤いですよ?」
「……木ノ瀬くんも赤いけど」
「え」
「ははっ、嘘だよ!嘘!」

頬に赤を入れたまま先輩は笑う。握り返された手が僕の熱か、先輩の熱か分からないぐらいに熱い。

「最近、あまり名字先輩と話してなかったので」
「……そう言えばそうだね」

小さく頷いた先輩は、僕に向かって眉を下げたまま笑う。きっと次に出る言葉は、…。

「…ごめん」
「謝罪はいいんです!」
「…木ノ瀬くん?」

握っていた片手を、指が絡まるようにしてもう一度先輩を見る。僕より数センチ大きな先輩は、そんな僕を優しげに見つめて笑った。やっぱり、僕は先輩が好きだ。一瞬で強く、実感させられた。

「明日、街に行きましょう」

今までの埋め合わせを、明日とこれから毎日していけば、許します。そんな僕の言葉を聞いた名字先輩は、僕の頭を反対の手で撫でたかと思うと、嬉しそうに頷いてくれた。



(今時じゃない)
(恋人の在り方は)
(個人の自由なんです)