「此処までで解らん奴おる?」

着ている白衣を翻し、チョークを持った状態で首を傾げれば誰も俺の言葉に返事をしない。いい加減面倒になってくるのは俺の悪い癖だから自重。視界を少しだけぼやけさせる眼鏡に感謝しながらも、居眠りをしている奴に向かってギリシア神話の本を投げつけた。

「いってええええ!!」
「早よ起きろや」
「おま、一条…!?」
「せや、一条先生やで?七海、今は俺の授業ってのを忘れんな」
「っ……はい」

七海の近くに落ちた本を拾って教壇に戻る。それから真面目に話を聞いていた紺子を呼べば、短く返事をして彼は立ち上がった。俺はそれを見つめながら本を広げる。

「ギリシア神話、前の東月が訳した部分を訳して」
「あ、はい」

少しつまりながらも読み進める紺子を横目に夜久に目を移せば、解らない部分があるのか首を傾げながら教科書とにらめっこ。琥太ちゃんに気にかけるように言われていた女生徒なのだからしょうがないか。溜め息を吐いて、座った紺子に礼を言う。

窓から差す光を浴びながらも、眼鏡に反射して見えなくなった視界をそのままにチョークを握って俺は生徒達に背中を向けた。───次に教える所は、何処やったっけなあ。小さく呟けば、それが聞こえていたらしい柿野の噴き出す声が聞こえた。よし、後でシバく。



改訂20130105