───…人に何かを教えてやれる人間になれ。

ろくでもない親が、ろくでもない息子に最期に投げかけた言葉がそれだった。少年はまだ幼く、甘えたがりな年頃であるからこそ、両親に告げられた想いの半分も理解出来ずに育った。弟と産んで死んだ母親。そんな母親を追うように死んだ父親。強く生きなさいと説いた両親の言葉の意を問いながら、日々を変わらず過ごすのが少年の愛すべき日常だった。

少年は、星が好きだ。夜遅くに、引き取り育ててくれる親戚に与えられた自身の部屋の窓から目の前の大きな木に飛び移り、空を見上げるのが日課である。少年は空が好きで好きで仕方がなかったので、毎日のように空と星を見上げた。それは親戚に引き取られる前に、自分と仲良くしてくれたとある姉弟の影響だろう。───例え、雨が降ろうと、雪が降ろうとそこに空が在る限り、少年は空を見上げていた。

少年は月を嫌った。空と星を眺める唯一の時間に一際目立つ存在として在る月が憎らしかったのだ。星々に囲まれて輝く月が何故か羨ましくて、孤独な少年にとって疎ましかったのだろう。

月なんて無くなればいいのに。小さく呟いた少年は紫色の目を瞬かせて涙を流す。母親が死んだ日も、父親が死んだ日も少年を見下ろす月は爛々と輝いていたのだ。空を刺すように睨み上げる少年にそっぽ向いたように、月は輝きを放つ。何とも言えないもどかしさに少年は眉を寄せ、唇を噛み締めた。

「おつきさまなんてだいっきらいや!!」









───そして少年の姿は青年へと変わった。

隣で笑う誰か。名前を呼ぶ誰か。多くの声が青年の耳を擽(くすぐ)る。青年はその声を頭で反復させながらも、懐かしい校内を眺めた。全てを飲み込むかのように広がった闇を視界に捉え、いつの間にか戻った意識は窓から覗く月を見上げる事で青年の心を重くさせたのである。

小さく舌打ちをしてから、着ていた服の上着を脱ぎ捨てる。与えられた部屋の端に置かれた机に乱雑に広げられた書類。立て掛けられた写真立ての中で、銀糸の髪を耳に掛けて翡翠に染まった髪を持つ男女に挟まれて少年が笑ってた。

「……大嫌いやで、お月様」

彼はこの言葉が、癖になっている事に気付かない。気付けやしないのだ。



20121121改訂