「月子先輩!」
「…杏くん?」

練習を終えてから、一人で寮に帰ろうかなと思いながら外を眺めていたら、不意に私の名前を呼ぶ声が聞こえた。ちょこんと隣に並んだ彼は、私の手首を掴んで微妙に涙を浮かべている。

「あ、杏くん…どうかした」
「今っ、兄貴、見ませんでしたか…!?」

焦りを露わにしたまま私を見つめる翡翠に息を飲む。一条先生なら小一時間前に弓道場を出て行ったと伝えれば、杏くんはおおきに!と息を整える間もなく走り去った。

杏くんが必死に一条先生を探してる理由は何だろうと考え始めたら、何故か凄く気になった。好奇心もあるのかもしれない。だけど募るのは、不安。

黒くくすぶるような、気持ち悪さが心臓の辺りを支配したような気がした私は、杏くんが走った方へと足を踏み出した。












雨に濡れる事も気にしないで駆ければ不意に視界に映った銀色。一条先生だと確信した私は声をかけようとした。けど、

「昔と変わらないわね」
「っ、知るか!!」
「怒鳴らないの。何があったの?言わなきゃ分からないでしょう?」
「お前に関係無いやろ!離せ!!」

白衣が土に汚れるのを気にした様子も無く、駄々をこねる子供のように耳を塞いで木の根元にしゃがみ込む先生が、いつか見た理事長先生といた。理事長先生は一条先生を傘で覆って優しく微笑む。

いつも冷静な一条先生があんなに声を荒げるなんてどうしたんだろうと、疑問を持ちながらも怒号を上げる一条先生の威圧感に圧倒された私は思わず後ずさった。

「汚い手で触るな!汚い目で見るな!俺に話しかけんな!!」
「………重症ね」

噛みつくように理事長先生を見つめる一条先生に、理事長先生は安心させるように笑う。

私、何をしに来たんだろう。




凌の女性恐怖症がやっと、ね…!