「お願いします!」
弓道の自主練をしようと先生に頼んで弓道場の鍵を貰った私は、ゆっくりと扉を開く。静けさが辺りを支配していた筈の弓道場から、弓を引く音がした。
思わず息をのんだ私にも気付かずに矢を放っているのは、神話科の一条先生。少しだけ細めた目を緩めたと思えば、先生は皆中した的を一瞥し、もう一本矢を放った。それは部長や、宮地くんにも梓くんにも見られない光があって、いつの間にか私はその射形に目を奪われていた。
「…久し振りやから鈍っとるわ…」
小さく呟いた先生を、ぼーっと見つめていたら、不意にこちらを振り返った先生と目が合った。紫色の瞳がゆっくりと見開かれたかと思えば、途端にそれは不機嫌そうに形を変えて、私を映した。
「……何か用か」
「あ、え、れっ…練習に…」
数メートル離れているのに、一条先生がどんな顔をしているか安易に想像出来た私は俯く。数分、数秒経ったと同時に床を見つめていた私の視界に弓道着の裾が見えた。
思わず顔を上げれば、困ったように頭を掻く先生が私を見下ろしている。あまり見られない先生の反応に思わず、見つめ続ければ、更に先生は困ったように私の名前を呼んだ。
「夜久、今日は幼なじみとなるべくおった方が得策やで」
「え、」
「…先生の言う事はちゃんと聞き」
「あの、何で、」
「嫌な予感は的中しやすいからな、絶対やで」
私に向かって、しょうがないと言ったように笑う先生に、納得出来る理由も得られなかったのに、いつの間にか私は頷いた。