ピアノの音に気付いた私の手を掴んだまま、会長はスタスタと音楽室へと足を運んだ。春休みで音楽部の活動は無い筈なんだけどなと、疑問を抱きながらも私は急いで会長を追いかけた。
「──あなたには関係ないでしょう!?」
先に入った会長に続いて扉を開けば、怒鳴り声が聞こえて、ビクリと肩が飛び上がる勢いで揺れた。
恐る恐る中を覗き込めば、もう春なのにマフラーを巻いた綺麗なピンクの髪をした男の子がいた。瞬時にさっき聞こえたピアノの音の主だと分かった私は、開いた扉に気付いた彼と目が合ったのを確認してから、小さく笑いかけて中に入った。
「会長、行きましょうか」
「そうだな…。お前、入学式が終わったら生徒会室に来い、絶対だ。いいな?」
彼に向かって不敵な笑みを浮かべながらそう言った会長は、ヒラリと手を振って音楽室を後にした。私はその背中を見送った後に、男の子に向かって頭を下げる。それに男の子は困惑したような声を出して、私に顔を上げさせた。
「会長がごめんね。でも、入学式終わったら来てみたらいいよ。後悔はしないって保証するから!」
──じゃあね!と手を振って音楽室から飛び出るように、彼に背を向けた。廊下の窓で空を見上げていた会長の背中を叩いて、行きますよ、と声をかける。それに気付いた会長は空を眺めたまま、小さく微笑み、生徒会室へと向かうのだった。
◆
「本当に、入る気は無いんだな?」
「無いんですよ、残念ながら」
役員の居ない生徒会室で私と会長は書類を整理する手を動かしながら話を続ける。会長は不意に立ち上がってから、私が座っているソファに座って顔を近付けてきた。
「…会長、かっこいい顔が近いです」
「本当に入らないのか?」
私の話はスルーですか。会長は私の髪を一房撫でるように手にして、ジッと私を見つめたまま。私は溜め息を吐きながらも、会長の髪を掴み、勢い良く引っ張った。
「いっ、痛い痛い痛い!」
「ざまあみろ」
「…おま、…っ!」
「毎回されれば慣れますよ」
「………」
途端、思案するように眉を寄せた会長は私を見ては、そうだな!と笑った。それからは適当に世間話をしながら、書類を片付けていけば、話はどんどん入学式の事へと変わっていった。
「女の子、居るんですか?」
「どうだと思う?」
「居ると思います。と言うか居て欲しいですね」
「…そうか」
「会長は星詠みで視ました?」
「……まあ、な」
少しだけ歯切れの悪い会長に気付かない振りをしながら話を続ける。これが一番、会長に丁度いいんだ。取り敢えず、書類も分け終わったし帰ろう。
「会長ー、私帰りますよ?」
「……」
「…不知火、私帰るからね」
「っ…!?」
タメ口に(名字だけど)名前呼びで会長を呼べば、勢い良く振り返る会長。驚愕の色を表している会長に向かって舌を出してやれば会長は、次からそれだからな!と大きな声で笑った。
(今日限りの呼び方に決まってんじゃないですか)
鞄を肩に掛けながら、私はひとしきり笑ったのだった。
改訂/20120815