「あ、あのっ…旭川先輩!」
「…あ、小熊くん」

ぱたぱたと走り寄ってきた小熊くんは私の隣にゆっくりと座った。私は手元にある携帯を見つめたまま。そんな私に気付いたのか、どうかしたんですか?と彼は小さく首を傾げてそう言った。

「犬飼がさ、今日送るから弓道場来いって」
「え、でも今日は休み…」
「白鳥と自主練?…らしいよ」

私がそう言えば、納得したような声を出して小熊くんは頷く。弓道場…行った方がいいのかな。でも主要の人物達はいると思う。いくら自主練って言ったって宮地龍之介とか、金久保誉とか…。徐々に気力を無くしていく自分に叱咤をかけて小熊くんの手を掴んで立ち上がった。

「せせっ、先輩!?」
「小熊くんがいたら大丈夫。一緒に行こ!」

屋上庭園の階段を駆け下りて、廊下を走る。途中見つかった陽日先生に、怒鳴られても走るのを止めずに私は弓道場を目指した。そして、弓道場の入り口が見えた頃、見慣れた緑と茶色が見えて私は思わず大きく手を振った。

「んー?小熊も連れてきたのか?」
「小熊ーーっ!女子と手を繋いでるなんて…!羨ましいいいい!」
「白鳥うるさい。…小熊くんは途中で会ったんだよ、ね?」
「はい!」

元気よく返事をする小熊くんの頭をわしゃわしゃと撫でて私は、笑う。何が起きたのか分からないと言った顔をしては、小熊くんは少しずつ顔を赤らめた。それを見た白鳥がまた叫んで、犬飼は私の頭を撫でながら弓道場に入るように促した。…何で?

「まだ終わってないんだよ」
「自主練って言っても部長とかいるし」

二人の言葉に思わず固まってしまう体。え、ほんとに入るの?と首を傾げれば、胸を張ったまま当たり前だろ!と爽やかに返された。隣で自分勝手だなあ…と溜め息を吐いている小熊くんには凄く同意したかった。

「夜久いるし、会ったらどうだ?」
「一年の時は全く面識なかったみたいだしな」
「……………そうだね」
「何だよその長い沈黙」
「いや、別に?」
「…のわりには嫌そうな顔なん、っだよ!」

腕を引っ張られて体が一瞬浮いた感覚が私を支配する。がらっと開かれた扉から、画面越しに何度も見た水色と、綺麗な亜麻色が見えた。何故か泣きそうになった私は犬飼の弓道着の背中部分を掴んで俯いた。そんな私に驚いたのか、小熊くんと白鳥が急いで私の背中をさすった。

「犬飼のバーカ!」
「…は?」
「こいつ嫌がってんだろ?」
「…うお、ほんとだ」
「……それに、目立つ」
「お前それが嫌なだけか」

練習している彼女達に聞こえないように私を隠しながら話す白鳥と犬飼。大丈夫ですか?と私の背中をさすりながら聞いてくる小熊くんにお礼を言いながら、私は犬飼の背中を叩いた。

「っ、…どうした?」
「掃除当番変わって」
「…は?」
「これでチャラにするから」

私は犬飼にそう言って、姿が見えるように前に出た。お願いします。少し震えた声で言えば、二つの影はゆっくりと振り返る。綺麗な目を見開く彼女の姿を見て、喉の奥から何かが込み上げてきそうだった呑気に私は思った。



End of the world

(世界の終わり)