8/3 12:45


「今のところ、はっきりしているのは『帰ってきてない』ってだけなんだよなー。管理官はさっきあんなこと言ってたが、聞き込みも正直望みは薄そうだな」
「……そう、っすね」
椎名と広瀬は一課を出てからしばらく、小奇麗で殺風景な廊下を話しながら歩いていた。目指すのは最近の事件をまとめた資料室である。もしかしたら何か関連性のある事件があるかも知れない、という椎名の考えに、広瀬が賛同したからだ。
「ただ、分かっている情報だけでいいから大学生たちが出かけたときの詳細が知りたい。さっきイトコ以外にもその友達も行ってたって言ってたよな」
広瀬はその言葉に頷いた。
「はい。えーっと、名前とかも言ってませんでしたね。イトコの名前は健太――平沼、健太。その友達は確か中田修って名前です。二人共二十歳になったばかりの大学生。健太は一言で言うとクソ真面目って感じのやつで、大学生って言うのに実家住みに満足してました。中田修は確か――健太の高校の同級生で、まぁ結構遊ぶのが好きなやつだったらしいっすね。確か一人暮らしですが、流石に家の住所までは知らないみたいでした」
椎名はふんふんと頷いて話を促す。
「俺のおばさん――健太の母親が言うには、健太は朝に中田修と一緒に犬鳴峠に行くって言って出て行ったそうです。そのとき、夕方にはバイトがあるからそれまでには帰ると言っていたのも確かだと言っています。でも実際には……」
「帰ってこなかった、ってわけか」
広瀬は沈痛な面持ちで首を縦に振った。
「……そうか」
「実際、今までバイトの無断欠勤をしたことはないらしく、バイト先も不思議がっていたそうです。……やっぱ、なんか引っかからないっすか、センパイ」
広瀬は椎名の目を伺うように椎名をじっと見つめる。椎名はその視線を受けながらしばらく考えた。可能性としては二つ。
 まず、事故。大学生ならそれほど運転が上手いわけではないはずだ。ならばなんらかの事故を起こし、連絡が出来ないほどの状況なのかもしれない。
 そして二つ目、事件。彼らが事件を起こしたというよりも、何らかの事件に巻き込まれてしまった可能性は大いにある。
「……そうだな。事件に巻き込まれている可能性も十分にある。だが、その可能性がある以上急いだ方がいいのは確かなんだが、こちらも色々準備していくべきだな、不用意に現場には行けない」
椎名は福岡出身であった。だからこそ犬鳴峠のことはよく知っている。マル暴の噂もあるようなところだ。それこそ、冗談抜きで拳銃の携帯許可すら必要な可能性だって出てくる。
(まぁ、そのときはコイツも俺も公休吹っ飛んでるな……)
「センパイ、顔こわいっすって……」
こわごわとした広瀬の言葉に、気づかぬうちに自分の表情がどんな風になっていたのかを知った。
「……いや、ちょっと考えすぎた。大丈夫だ」
そう言って、自分より少し高いその目線に合わせて笑いかける。それでも、目の前の眉目秀麗な男は不安そうな表情で椎名を見つめた。それに気づきながら、椎名は広瀬の視線から逃げるように前へと向き直る。
(ごめんな、一番不安なのはお前だろうに)
だけれど、
「……ついたぞ」
何のフォローも出来なくて、椎名はひとつのドアの前で立ち止まった。そしてガチャリと鈍い銀色に光るドアノブを開ける。とたんに、少し埃臭いような空気があたりに漂った。
「ココが資料室っすか……初めて来たかも」
「ああそうか、まぁ地域課なら用事ないな」
広瀬は少し躊躇いがちに、椎名は慣れたようにその部屋に足を踏み入れた。中には数人の先客が居るが、皆自分の仕事に忙しいようで特に二人に注意を払っていない。
 椎名はさくさくを足を進め、奥の机で立ち止まった。その上にはパソコンがある。
「とりあえず、俺は人探しデータベースで類似の行方不明事件でも調べてみるか。とりあえず犬鳴限定で。お前は書架で最近そこいらで事件が無いか調べろ。いいな」
「はい!了解っす!」



一時間ほどが経って、椎名は愕然とした。
「なんだ、こりゃ……」
データベースが、信じられない情報をたたき出している。
「……おい、広瀬」
「はいっ!?なんっすか」
「お前のイトコ、もしかしたらコレに巻き込まれてるかもしれん」
椎名は広瀬を呼んで、卓上のノートパソコンを広瀬に見やすいように回転させた。
「……!? これ、一番古いのって三十年前とかって……?」

 椎名はとりあえずと思って、過去五年分の犬鳴峠での行方不明者リストをデータベースに請求した。すると確実に、7月末に行方不明者が出ているのだ。数は一人や二人。毎年途切れることがない。だが、と椎名は思った。それは何らかの偶然かも知れない。椎名は十年分、十五年分と範囲を広げた。
 だが、結果は同じだ。他の月はそのような連続性が無いのに、
「なんで、7月末には必ず行方不明者が……」
「勿論それも変だ。でも、」
椎名はパソコンを操作して更に詳しい情報を表示する。画面が切り替わった。行方不明者たちがどうなったかが事細かに記載されている。
「ほとんど全員、一週間前後に付近で見つかってる……」
広瀬は呆然としながらつぶやいた。そう、だから多分、問題視されていないのだ。データ上だけなら、家出人が普通に見つかっただけと処理される。
「そうだ。ただ、」

――その後の社会復帰は不可能だった。

ほとんどの行方不明者のその後の欄に、その一文が無味乾燥に横たわっている。
「どういう意味、ですか」
広瀬はわななきながら、椎名に問うた。彼の頭のなかには、おそらくイトコの顔が浮かんでいる。仲がいいのだろうな、と椎名は思った。海にも昔よく行っていたと行っていたし、広瀬にしたら弟のような存在だとしてもおかしくない年齢差だ。例えば、自分が――広瀬に対して抱いている感情のように。
「……分からないな」
嘘だった。こういう時の社会復帰が不可能というのは、おそらく何らかのトラウマをそこで負ったという意味だ。心霊スポットに行ってトラウマを負った――警察なら、取り合わない。時期が時期だ。肝試しに行った若者たちがトラウマを負って帰ってきたなんて、こんな観点で見ないなら誰も気に留めない。そんな無関心で引き起こされた悲劇が、今、自分の隣の男に降り注いでいる。
「ただ分かったことがある。この行方不明事件、タイムリミットは一週間かそれより短い」
「タイム、リミット……?」
広瀬は戸惑いを隠せないまま、画面から椎名へと視線を移した。
「あぁ、そこで何があったかも俺には分からん。だが、何かがそこで“あっている”ということは分かる」
椎名は広瀬の目をしっかり見て答えた。
「急ぐぞ。事は、思ったより深刻のようだ」
広瀬は、うろたえながらもしっかりと視線を合わせて力強く頷いた。良いな、と椎名は思った。こういう時に、ちゃんとこういう所作を出来る。強い奴だと思った。だが――
「センパイ……別に怖いってわけじゃないんですけど、ちょっと今から犬鳴峠に行くって考えたらアレなんでちょっとひっついてもいいっすか」
「お前……もしかして心霊スポットとか苦手なのか……」
突然半泣きで距離を詰めてきた広瀬の肩に手を置きながら、
(いつの間にか全員居なくなっててよかったわ……)
と、椎名はため息をついた。

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