8/3 12:30

 一般企業と変わりないオフィス。だが、せわしなく書類を見ていたり話しあったりしている者達の目は鋭い。誰も彼も一目見て『普通のサラリーマン』ではないオーラを醸し出している。飛び交う会話も勿論、一般企業のそれとは大きく異なる。
 
 県警察本部、刑事部、捜査一課――通称、『刑事の花形』。
 畏敬の念を持って、ここはそう呼ばれている。
 
 
「さて、解ってるだろうけどここが俺達が今度から働く場所だ」
その一角で椎名は広瀬に指し示すように周囲に視線を巡らせた。
「ここが、……」
椎名は、広瀬の緊張しきった顔に内心笑いながらも、あくまで表面は神妙な面持ちで頷いた。
(そういえば……俺もこんな感じだったよな)
捜査一課と言えばテレビドラマや小説などでも一番題材にされるような存在だ。それになりたくて警察に入ったヤツは山ほど居る。そんなライバルたちと切磋琢磨しついになれると決まった日には思わず手が震えたもんだ、と椎名は思わずクスリと笑った。
「まぁ、もともと今日は午後からは挨拶回りと荷物整理の予定だったんだ。ついでにお前のイトコの情報集めするくらい今なら大丈夫だろ。とは言え――一応捜査だからな、ついてこいよ」
椎名は広瀬の顔見せがてら、ゆっくりと歩いた。その様子に自然と周囲の目は集まるが、それはおそらく広瀬の類まれな容貌と若さが主な原因だろう。しかし広瀬は居心地が悪そうな様子で周囲に視線を配り、椎名に小声で囁いた。
「なんか見られてません!?」
「そりゃあ新人は珍しいからなー」
勿論それに気付いている椎名は、
(イケメンだから注目されるのぐらい慣れてるだろーが!)
事実を答えるのもシャクなので適当に返事をして、とあるデスクの前で立ち止まった。
「長谷部管理官。三日後から任につきます広瀬刑事をお連れしました……ほら、広瀬挨拶!」
椎名の言葉に、広瀬は前に一歩出て勢い良く頭を下げた。
「ッハイ!8月6日付けで刑事部捜査一課刑事に任命されました広瀬真也です!よろしくお願いします!」
そう言い終えるか言い終えないかのところでガバッと頭を上げて、広瀬は改めて目の前で椅子に座っている人物――長谷部を見た。年の頃は椎名より一回り上というほどだろうか、切れ長の目とピシっと決まった渋いスーツ姿はいかにも仕事が出来そうな雰囲気を漂わせる。それに加え管理官といえば椎名や広瀬のような一捜査員よりも階級が上のエリート。広瀬はそんな彼の口からどんな言葉がこぼれ出るか、どきどきしつつ待っていた、が。

「はいはいどうも長谷部ですよ〜んじゃ、『しんちゃん』だね」
「へ?」
「いや、呼び名ね。『しんちゃん』が良くない?どう思うゆうきちゃん」
椅子から立ち上がった長谷部は、見た目にそぐわぬ間延びした口調でそう同意を求めると、椎名の方を見た。
「俺のこともそう呼ぶのは止めてもらえませんかね長谷部管理官」
「もーツレないなぁ〜まぁそこがゆうきちゃんの魅力だけど」
椎名がうんざりしたように額に手をやると、長谷部は人差し指をちっちっと左右に振ってゲラゲラと笑う。広瀬は思わずスッコケそうになった。
「……イメージと違う……」
「どーんなイメージだったのぉ?」
思わずそうつぶやいた広瀬を誰が責められただろうか。広瀬はヒッと勢い良く仰け反り、ブルンブルンと首を横に振った。
「いえ!なんでもありません!!!」
「後輩でからかうのも止めてもらっていいですか」
椎名が眉間にしわを寄せ広瀬をかばうように長谷部を睨むと、ニマニマと笑っているその男はテヘッと笑って、
「ゆうきちゃんメンゴ!あとしんちゃんもごめんねぇ」
「……はぁ。まぁこれが長谷部管理官な。いろいろと変な人だけど(一応)俺達の上司だな。まぁこの人にはお茶も出さなくていいぞ」
「ちょひどい!直属の上司に向かってその言い方はなんなの!?あとカッコの中も聞こえてる!!」
「は、はぁ……」
広瀬は目の前の光景にクラクラしそうになった。捜査一課は確かに色々と変わり者が多いことは聞いていたが、
「皆さんの足を引っ張らないように一生懸命がんばります……」
気圧された広瀬がこわごわと口に出した言葉に、長谷部はケラケラと笑いながら広瀬の顔を指さした。
「いけるいける!だってめっちゃ顔がいいから!もうそれだけで凄い武器!いやーやっぱいいね!男臭い現場でもこういう俳優みたいな男が居ると捜査がはかどりそうだよね!聴きこみとか!」
「……もう変なこと喋らないでくれ……一課のイメージが……」
再度同意を求められた椎名は頭を抱えるが、広瀬は、確かに少しの視線を感じるものの周囲がこのやりとりには特に注意を払っていないことに気づいた。
(でも、これが、普通で通じるトコロなのかココは……)
それって面白すぎる!広瀬は内心ビビりながらも、身体が震えるのを感じた。それは緊張によるものではなく、これからへの期待。これが武者震いなんだと広瀬は実感した。

「あらぁいいカオしてるじゃんキミの後輩くん。今後に期待っと」
「そりゃ俺の後輩ですから――それより、」
長谷部の言葉に少し誇らしげに答えた椎名は、声のトーンを変えた。それに答えるように広瀬も長谷部も姿勢を正す。
「どうしたの?」
「管理官にお伝えするほどではないかも知れませんが、明日明後日の公休を使ってコイツと少し調べたいことがありまして」
「!!」
広瀬は椎名の言葉にハッとなった。
「公休に?そりゃとんだワーカーホリックだねえ、何を?」
椎名は広瀬に視線をちらりとよこして、
「実は、広瀬のところに電話があったんですよ。なんでもコイツのイトコの大学生が三日くらい家に帰ってきてないそうで。それの捜索の手伝いでもしようかと思いまして」
「大学生の三日でお前が出向く必要あるの?ただ夜遊びじゃない?」
長谷部は眉をひそめて椎名と広瀬を見た。
「あの、それが……犬鳴峠にドライブに行くと言っていたそうで。しかも本人は夕方には帰ると言っていたそうなんです」
広瀬が恐る恐る長谷部の疑問に返答すると、長谷部は眉間のしわを深めた。
「犬鳴峠……」
「普通に通る分には何の問題もない普通の場所って分かってますけど、なかなかどうして嫌な予感がしてきて」
長谷部は、椎名の言葉にしばらく考えこむような様子を見せた。しかし椎名を、そしてその横に控える広瀬を見てフッとその表情をゆるめた。
「まぁね――私は別に休みの日まで縛れるワケじゃないし、今はデカイ事件(ヤマ)もないしいいんじゃない?別にデータベースとか使っていいよ。心配でしょう君も。イトコさんなんだっけ?」
「は、はい」
広瀬は焦りつつもシャンと背筋を伸ばして返事をする。その様子ににっこりと長谷部は笑いかけた。
「心配かもだけど、頑張ってね!私も分かることあったら手伝うから!」
その様子に椎名は少し張り詰めていたものをゆるめた。

(やっぱ許可とっといて正解だったな……)
休み中とはいえ、変に何かを探っていると思われたら印象が悪い。長谷部なら事情を話せば大丈夫だろうと思ってはいたが、なんとか話がまとまってよかったと、椎名はほっと安心して胸を撫で下ろした。そしてすぐにちらりと腕時計を見て、長谷部に話しかけた。
「では、俺達はこれで……」
「うんうん。じゃあ二人共お休み明けからまたよろしく〜」
「失礼しました!」
椎名は広瀬を連れ立ってまたオフィスを縦断し、一課を後にした。そのときふと広瀬が軽く振り返ると、長谷部が手を振っているのが見えた。ようやく少し緊張の糸がほぐれた広瀬は小さく笑って会釈をし、ドアを閉めた。
「どうした?」
廊下へと先に進んでいた椎名が、遅れる広瀬に気づいて立ち止まり振り返った。
「いえ、長谷部さんがこちらを見ていたので少し礼を」
「ああ、変な人だったろ?まぁアレに慣れたら一課は大丈夫だから」
「はぁ……」
広瀬は苦笑いをしつつ椎名の横に追いついて並んだ。
「さて、これで情報集める許可はとれた。んじゃ、少しずつ色々調べていくか」
広瀬は椎名の言葉に、気合十分と言った様子で拳を握りしめた。
「はい!俺も頑張りますっ」
椎名は隣のそんな力の入った広瀬をまた微笑ましく思いながら、前へと向き直る。
「じゃあ、資料でも漁るか……」
しかし、上司の力添えと部下の明るい様子をもってしても、彼の心のなかの暗雲は未だに晴れることが無かった。外は真夏にふさわしい快晴で、今日も外は猛暑だろう。しかし、彼は何故か足元からなにか冷気が立ち上っていくような気さえした。クーラーの効き過ぎか、それとも――?
「センパイ?」
「……なんでもない」
ただの行方不明、それにしてはやけに不吉な予感がするもんだと、椎名は広瀬には誤魔化しながら足を進めた。

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