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その後広瀬と別れた夜、椎名は夢を見た。

彼は、今まで見たことのないどこかの海の中で、息もできずにもがいている。下を見ても上を見てもただただ青が広がるばかり。どちらが上でどちらが下か分からなくなりそうな、恐ろしいが、どこか退廃的な美しさすら感じさせる、青く輝く海の中。椎名はそれでも海面を目指してひたすらにもがいていた。

そのとき、ふと自分の足元の奥の奥、深い海の奥底に、黒い影が現れる。

それは、確かに「生き物」のようであった。
しかし、「生き物」と形容するには、それはこの世界のすべての常識に当てはまらない。海中には悪意と邪悪な気配が満ち始め、椎名は酸欠に加え、ひどい頭痛がその瞬間加わったのを感じた。

その「生き物」は、まるで胎動する赤子のようにどくり、とその忌まわしい身体を動かした。それに合わせて、その「生き物」の周りの水が、凄まじい勢いで動いたのを椎名が見た、と同時に海が、暗く、暗くにごり出す。まるで、その名状しがたい生き物を覆い隠さんとするように。

そして椎名が更に目を凝らしてその生き物を観察しようとしたその瞬間――

彼は誰かに手をとられ、一瞬のうちに海面へと浮上していた。そして、椎名がその顔を確かめようとした瞬間、彼の意識は覚醒した。

「――、っはぁ、はぁ、はぁ」

夢から醒めた椎名は、この季節にも関わらず酷い寒気で震えながら自らの身体を抱きしめた。

「っ、なんだ、あれ……」
気味が悪い夢だと思った。内容自体は特段恐ろしい夢でもないのに、体中が総毛立っている。体全体が嫌な汗で濡れていた。

「……ひろせ」
深夜の自室で、椎名はぼんやりとスマートフォンを取りだし、後輩の名前をつぶやいた。しかしすぐにハッとなって、彼は寝返りを打って無理やり寝ようと目を閉じる。スマートフォンの明かりだけが、彼の心の中の弱さを照らしていた。

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