夏休みに宿題があるというのは、ほとんどの人にとっては嫌なことなんだろう。でも、オレにはそうでもなかった。【夏休み】というカテゴリの中における宿題は、ダラダラとした休日のちょっとしたスパイスのような気がしたから。勿論面倒くさくって嫌なものではあるのだけれど、その嫌だという感情すら愛おしかった。楽しかった。そんなことを言えばヤツからは「頭おかしいの?」なぁんて言われてしまうんだろうけれど。


「頭おかしいの?」
 予測は正しかった。
「……ま、わかってもらえるなんて思ってねえけど、言い切るなよ」
「つーかそんな余裕なこと言えるってことは……」
「ああうん、終わった。つーか七月末には終わってたな」
「うわぁマジかよ! スゴすぎ!」
 ヤツはうわぁと額に手をやり、大げさに呻いてみせる。オレはそんな様子を横目で見ながら、夜空を見た。ひゅーん、どん。きらきら。そんな味も素っ気もないような擬音語と擬態語で済ませてしまうのがもったいないくらいの美しさ。と、ほんの少しの残響。

「――、暑いな」
 綺麗だな、と言いかけて、オレはそんな凡庸な言葉を代わりに吐いた。綺麗なんて、少し気恥ずかしい言葉のように思える。オレの自意識過剰だろうか。そう考えながらオレは視線を下げた。あんなに暑かったのに今はひんやりと冷たいアスファルト。道路のどまんなかに座っているから、非日常感に磨きがかかった。
「確かに、人多いしなぁ……」
「それでも、他の花火大会よりかはまだ少ないほうなんだろうけど」
「そーかもなー」
 毎年毎年この花火大会には来ていた。ここの歴史は浅い。だけれど規模はそれなりなので、少しずつ評判になっているらしく、人はどんどん増えている。第一回から見ているオレとしては、なんだか嬉しいような悲しいような、複雑な気分だ。思わず苦々しくなって、オレは手にしていたかき氷をストローで飲んだ。もう溶けてしまってただのピンクい水。甘いだけの無用のゴミ。飲んだら気持ち悪くなった。捨てたい。
「ごめん、ちょっと捨ててきていいか、コレ」
 そう思って手にしていたコレを見せると、ヤツは上の空で適当に返事する。花火に見入っているようで、少し可愛いなんて思った。正気か。




「あー人多いし、ゴミ箱見つかんねえじゃん」
 オレは群衆を潜り抜けて、ゴミ箱を探していた。ヤツはまだ花火に夢中だろう。毎年見てるのに、飽きないのかな、なんて愚問か。馬鹿だな、オレ。
 今日はなんだかずっとイライラしていた。オレとヤツは毎年毎年第一回からココにきている。だから今まで何度も経験しているはずなのに、ヤツがヤツの友人をこの群衆の中で偶然見つけて声をかけただけでこんなにイライラするんだろう。さっきだって別によかったじゃないか、合流した方がよかったんじゃないだろうか。ヤツの友人ではあるが、オレだってアイツとはそれなりに喋るほうだし、ソイツのツレだってオレとは割りと話すほうだ。だから別に合流すればよかったのに、適当に話の流れを変えてオレはヤツを連れ出したりして――嫉妬深い彼女か。甘ったるい無用な感情。考えたら気持ち悪くなった。捨てたい。

「――動かねえな……諦めるか」
 考えが良くない方向に行きそうだったので、そう独りごちて考えも、ついでに予定も中断した。
 群衆はみんながみんな真上をみて写メったりしてるもんだから、まったくもって動かない。オレは仕方なく諦めて、カップを手に戻ることにする。歩いたせいかじんわりと汗が滲む。暑い。毎年毎年暑い暑いなんていいながら、オレは汗をかいたヤツの横顔を見ている。きらきら。花火なんかよりそっちの方が覚えてる。毎年毎年、飽きもせず。早く飽きが来て欲しい気がする。そしたらこの記憶や思いもすぐに風化するに違いないのに。季節はめぐって、なつのつぎはあきなんだ。これは普遍の真理だろ。

 ヤツには友人が多い。そんなの知ってた。明るくって面白くって馬鹿で、アイツといると自分の苦しいこととか忘れて楽しくなれる。心がほっとする。それは別にオレだけじゃなくて、皆に共通することに違いない。なのにオレは、嬉しいような悲しいような複雑な感情に苦しんだりしてる。アイツの良さをみんなが知っているのは嬉しいようで、悲しいようで。でも、イライラするのはヤツにではなくて、自分にだ。幼馴染とかなんとかいって、こうやって二人で毎年花火見にこれてるだけで十分だろ。アイツにはオレだけがいいなんて、“頭おかしいの?”
 ひゅー、どん、きらきら。

 うるせえ。






「あー!やっと戻ってきた!……って、あーゴミ箱見つかんなかったか?」
「あー……うん。ってか途中で諦めてきた。みーんな上みてるから、全然動かねえのなんの」
「まぁあとちょっとだし大丈夫だろ!いやー間に合ってよかったよかった!ほら、あと5分で終わるからさ!クライマックス間近!!」
 バンバンと隣のアスファルトを叩いたヤツは、興奮気味にそう叫ぶ。はいはい、そう言ってオレも隣に腰を下ろした。
 どーん、どーん、どーん……エンドレスかよ。

「ほら!始まった!最後はすっごいよなぁ〜毎年!めっちゃ近くまで花火が落ちてきてるみたいでさ……」
 爆音が連続して、まるでマシンガンぶっぱなしてるみたいな音があたりを轟く。誰も彼も上を見ている。きらきらなんてもんじゃなくてぎらぎら夜空を占領する。オレも腹に響く音に若干顔をしかめながら上を見る。ってか、花火ひとつひとつが大きすぎて、前を向くだけでほとんど見える。きらきら。きらきら。横目でヤツをみたら、その花火のひとつひとつが、その横顔に流れる汗を光らせている。またこっちばっかり覚えてそうだ、来年のオレよ、すまない。そんな風に謝罪をひとつ挟んで、オレはまた前へと向き直る。
「あーすげえ!でけえ!ちけえ!綺麗!!」

 あぁ、確かに綺麗だ。そしてデカイ。ホント、掴めそうだって勘違いするくらい、近い。
 最後の最後にでっかいのが一発打ち上がって、あたりから歓声と拍手が巻き起こる。
 どーん、きらきら。オレは思わず手を伸ばしかけて、でもやっぱやめた。そしたらもう、『友だち』として横には居られないから。

 時刻は九時ジャスト。さぁ、帰ろう。夏休みで一番嫌いな行事が終わった。多分にヤツとは正反対で、申し訳ない。




お題は「記憶の汗」でした 制限時間一時間で書いたもの修正しています

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