居てくれないなら綺麗でも意味ない


クリスマスってのは、一年で一番、楽しめるかどうか人による日なんじゃないかとオレは思う。正直、恋人が居ない人には割りとどうでもいいじゃないんだろうか。ちなみにオレは、まぁしいていうなら普通に楽しみ、なくらい。だって、どうせ平日だし、言うほど特別感無いじゃんクリスマスって。それならまだ新年の方が気分改まって良い。
とにかく、オレはどうでもよかったんだ。


「――え、二十五日無理?」
「悪ぃ、言いそびれて。今年はちょっと、用事があって」
「用事ぃ?クリスマスに??あーもうこれはアレだな、ついにお前もカノジョ持ちか死んでくれ頼む」
「一足早めの春到来ってヤツだなーおめでとう死ね苦しんで死ね」
「さらっと呪うな!てか、オレがどう過ごそうと勝手だろーが!!」
クリスマスイヴ三日前の、冬の補習の後だった。
今年はいつも通りアイツと、高校に入ってから仲良くなった同級生たちと一緒に、昼からボーリング行って飯食って楽しく過ごそうぜなんて言ってて、そしたらいつの間にか軽いクラス会みたいな感じになってたけど、それでもいいかってオレは思ってた。人数が多い方が楽しいよなって、思ってた。
「まぁ、そんな感じだから、ごめんな」
一緒に行くことになってたバカ二人を一喝し、アイツは申し訳なさそうにオレを見た。
「あぁうん。まぁ仕方ないよな。分かった」
そのとき、いつもみたいに笑って返答出来てただろうか――分からない。どこかひきつった笑いになってそうで、そんな風になる自分が意味不明で、しかもアイツが結局どんな用事で来れないのかも聞けないで、オレは話をわざとすぐに打ち切った。ますます意味わからん。


そして、今日。
「いぇーいストライクッ!!見てたか!?」
「見てたよーめっちゃ変なフォームだったー!!」
「なんでアレでキマるわけ!?めっちゃ謎なんだけど!」
「ちょっ厳しいそこの女子二人!!ストライクだからいいじゃん!」
アイツからこういうのを断られたのって、もしかしたら物心ついて以来初めて、かも知れない。
なんだかんだと、いつもオレの誘いに乗ってたアイツ。別にケンカしてるワケじゃない、何かあったワケじゃない。もちろんクリスマスをアイツと過ごす決まりなんて有るわけない。
そう思いながらも、なぜかモヤモヤして、集中できなくて。目の前のやりとりをぼんやり眺めながらも流していると、
「――そういや、結局まじでカノジョ出来たワケ?」
「え?」
隣から声がした。横を向くと、アイツに呪詛をかけたバカ一人。スポーツが上手くて、性格もあっさりしてる割りと気軽に何でも話しやすいタイプ。
「いや、ヤツがこういうの断るの珍しいし、あんとき、まぁ否定はしなかったから」
あぁ、アイツのことかと分かって、投げやりに返事をした。
「さぁ、ホントに出来たんじゃね」
そう言うと、バカは目を丸くした。
「へぇ、知らないの。だから拗ねてるんだー」
「……そんなワケあるか」
「それにしちゃ、さっきからつまんなさそうだけど」
声にからかいの色があって、少しイラッとする。だけどすぐに、なんだか情けなくなった。なんて心の狭い人間なんだオレは。てか、こんなことで、なんでこんなにヘコんでるんだ。
「クリスマスだからなぁ……てか、こんな日にクラスで集まってるのなんか、基本フリーな奴らだけだしな」
オレが悶々と悩んでいると、ヤツはそっと、さっきストライクをキメたバカ1を指差した。周りには女子がちらほら。
「あのバカもだけど、顔はいいからなぁアイツもお前も。女子は黙ってないよなぁ」
「お前だって顔は良いよ、顔だけは」
「ちっとは否定しろ!あと誉めてるのか貶してるのかハッキリしろよ!――まぁ事実だけどさ」
ケラケラとバカは笑う。その距離感がちょうどよかった。オレとアイツは、多分近すぎるから。
「……」
じっと目の前の光景を眺める。ところどころクリスマスの飾り付けをされたボーリング場。
「あーガーター!!!やべえ!!」」
活気があって、普段なら楽しくてワクワクする空気。オレたちみたいな男女混合のグループも、カップルも多い。
「もーバッカ!!変なポーズつけるからぁ!!」
アイツも今、こんな風に誰か女の子と遊んでるんだろうか。目の前でちやほやされてるバカをアイツに置き換えてみようとしたけど、想像も出来なかった。
「いやでも次は――よぅしストライクッ」
だってオレは知らない。そんなアイツを、オレは見たことない。女子に声を掛けられても、いつもめんどくさそうだったアイツしか知らない。だから、それだけがアイツなんだと思っていた。
「うわーすっごーい!!流石ぁ!!」
ひどい思い込みだ。自分が見てるところしか、存在しないと勘違いしていた。
勝手に、アイツの全部を知ってると、思い上がっていた。
気持ち悪い。
自分も、アイツも。

「次、お前の番じゃね?」
隣からの声に、皆がこちらを向いていることに気づいた。キラキラした目だ。クリスマスという特別に浮かれ、その幸せと楽しさを疑っていない顔。だけどそこに、居るはずのお前はいない。なのに、探した自分が、意味わかんなくて。


「――帰る」
「え」
小さな声だったが、隣に居たヤツには聞こえたらしい。
「帰るわ」
「イヤイヤイヤ!!お前をこのまま帰したら女子に殺されるわ!!」
「じゃあ言う。ごめーん!!オレ帰るわ!!」
立ち上がってコートを着ながら他のクラスメートたちに向かって話しかける。
「え、どーしたの!?」
「もう帰るのー?まだ五時くらいなのに……早くない?」
皆不思議そうに首を傾げて、驚いている。でも疑問には答えられそうもない。オレも分かんないから。ただ言えるのは、目の前の景色が全然楽しくなくて、噛み合わなくて、おかしい。
「ゴメン!次は年明けで!!」
返事も聞かずに荷物を掴んで代金を適当に置いて走った。皆呆気に取られたような表情だったけど、さっき話してたバカだけは、バカの癖に訳知り顔だった。ムカつく。ムカつくから皆に適当に誤魔化しとけよ。



外はもう薄暗くて寒かった。だけど町並みは綺麗にクリスマス仕様で、きっと普段のオレならわぁっとはしゃいだりするだろう。そしてそれを、アイツがたしなめる――そこまで考えて、腹の底が冷えるような寒々しさを感じた。今まで、感じたことのない感覚だった。
(あれ、こんなに綺麗じゃないもんだっけ)
町並みを見回して、驚く。クリスマスの飾りも、イルミネーションも、夜空も、この浮かれた雰囲気も――全く心を動かさない。それよりもさっきのオレの思考回路の方がよっぽどどうかしてて、オレの心を動揺させて――オレは逃げるように駅に駆け込んで、電車に乗った。人はいつもより多い。しかもやけにカップルが目につく。やはり出掛けるんだろう、特別な日には。

ガタンガタンと規則正しい揺れが、オレの心も身体も揺さぶっている。
(どうして――)
フッとまた、よぎった。電車のつり革を掴みながら、ふざけあって喋ってたこと。ぐらついたら呆れたように笑いながら支えてくれたこと。窓に映ったみっともないオレを見ると、無意識に唇を噛んでいた。最悪最低。そんな顔見たくなくて下を向いた瞬間、コートのポケットが震えた。
(メール?)
慣れた手つきで操作すれば、
「――っな!」

――クラス会具合悪くて帰ったってメール来たけど大丈夫か?

「あんの、バカが」
多分連絡したのはあのバカだ。違うっつーの。そっちへのフォローは頼んでないわ。
「大体、お前はカノジョといるんじゃねえのかよ」
メールを寄越したアイツもアイツだ。ワケわかんねえよ。なんで、
「っ、くそ」
こんなに、嬉しいんだよ。今にも涙がでそうなくらい、胸がずきずき痛い。おかしい。まるでこれじゃ、片想いしてるみたいだ。ちょっとした優しさに動揺したり、カノジョの影に怯えたり。幼馴染みで親友のアイツを取られて寂しいという以上の、何か違う感情。
それは人をダメにしそうな、腐った果物みたいに甘ったるい匂いをさせて、オレにその存在を示していた。
『お前今どこなの?』
誰といる、とは聞けなくて、当たり障りのない文章になる。
『●●駅のイルミネーション見てる』

だれ、と?

ぐちゅり、と腐ったそれが嫌な音を立て、そこから黒々とした何かがぶわっと溢れかえる。邪魔してやりたい。壊してやりたい。そんな凶暴で醜い感情が、心を黒く染め上げる。またしても初めての感覚だが、これが解らないほどバカじゃない。ちょうど、車内アナウンス。次、降りれば――。

ICカードをピッとかざして、人でごった返している改札口を出る。多分メールのそれは、中央広場のイルミネーションのことだろう。確かに見応えのある、力の入ったそれは、見る価値も――“見せる”価値も、ある。
オレはメールの返信をしようか迷って、結局しないまま広場に向かった。心は見るなと見ろとがせめぎあって悲鳴を上げているのに、身体は勝手に足を進める。
『オレがどう過ごそうと勝手だろーが!!』

ダメ。




まるで真夏の天の川を地上に写し取ったみたいに、細かく綺麗な銀色の明かりが巻き付いて輝く街路樹。青のLEDで神々しく輝く光のクリスマスツリー。
そんな光の海の中、周りの人なんか目に入らない。

「……居た」

思わず呟けば、逆光で暗いその見覚えのある背中が、ふと動いて、こちらへと振り返る。

「――、」

驚いたように目を軽く丸くし、口を動かしたアイツ。なんて言っているのか解らないけれど、オレはまるで足に根が生えたように、動けない。まるでアイツのために作られたみたいな幻想的な光景に、脳みそが思考を飛ばす。

(綺麗、だな)

今日初めて、そう思った。やっと街に輝きが戻る。夜空を照らす光が温かい。

思い返せば、友達が互いに少ないわけでもないのに、常にアイツが隣に居た。桜も花火も紅葉も雪も、全部アイツと一緒に見てきた。アイツと一緒に、綺麗だなって笑ってきた。だから、オレはちょっと慣れてないだけなんだと思うことも出来た。だが、心の中にはまだ暗い怪物が叫んでいる。もう、無理だった。見ていないフリをするには、綺麗すぎて、心を奪われすぎている。

花火とイルミネーションは、真逆の季節なのに、どこか似ている。どちらも皆を喜ばせ、綺麗で、夜をカラフルに染め上げる。でも、花火はたった一瞬で、イルミネーションとは違う。花火の時には短すぎて、気づけなかった“綺麗”が、今照らされて目の前にある。
本当は、ずっと隣に座ってた。
『あーすげえ!でけえ!ちけえ!綺麗!!』
もしかしたらあの時横を向いていれば、こんな風に照らされたアイツを見ていたかも知れない。だけどオレは誰よりもバカだった。自分の見ていないところなんて思いもしなかった。



「――ビビったつーの」
長いようで、短い時間だった。アイツはハッと気づいたように笑いながら、こちらに走り寄ってきた。……ん?
「ひとり……?」
「え?あぁ、誰か居ると思ってた?」
「なんか、用事あるって言ってたから」
「……まー、ちょっと昼に家族とメシ食いに行ってただけだから。案外早く終わって暇だったからコレでも見ようかなって」
コレ、とアイツは背後のツリーを指し示す。その瞳にも、青い光がゆらりと宿る。元の色に被さったその複雑な色は、オレにガラス玉のような印象を持たせた。薄い茶色で透明な水飴に、青い色を垂らしたみたい。
「――綺麗だな」
自然に言葉が落ちて、思わず口を覆う。イヤイヤ、何言ってんだよ恥ずかしい!思うだけならまだしも!!でもアイツはイルミネーションのことだと思ったらしく、視点をそれに合わせ、目を細めた。
「お前、好きだもんな」
胸の中の怪物が小さくなって消えていく。かわりに、イヤになるくらい耳の奥が、心臓の音でうるさい。好きだよ、イルミネーション、いや――。
顔が寒いだけじゃなく赤くなっていく。流れからしたらなんてことない会話なのに、勝手に意識している。家族とメシ食っただけ。そういえば、最近ずっと出張中だった親父さんが帰ってきたらしいから、そっちを優先したんだろう。でも何を考えてたんだろう――オレが知らない間に、わざわざ一人でイルミネーション見ながら、オレのことを少しは思ってはいなかったのか。

さっきまでの最悪な気分が一転、ふわりと恥ずかしいくらい解りやすく浮上する。
「――うん、好きだ。綺麗だし、ずっと見ていたい」
オレもイルミネーションを見ながら、返事をした。言葉の意味以上の想いを乗せて。
アイツは何故か小さく息を呑んだ。オレは、イルミネーションからアイツへと向き直る。そして胸の鼓動を抑え込みながら平静を装って、言葉を繋げた。
「綺麗でも、近くにないと意味ない」
そう、本音を混ぜて呟いて、オレは顔に手をあてた。
「あっつ……」
「あっ風邪!!」
アイツはしまった、という顔でオレをうかがう。
「まぁ、うん」
実際は違うどころか全然違う理由だ。でも歯切れの悪いオレをどう受け取ったのか、
「帰るか。確かにまだ早いけど……たまにはこんな年もあるだろ」
時刻は六時ジャスト。うん帰ろう。アイツにとっての今日が、まだどうでもいいと思える日でありますように。

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