第一話(お試し無料)
春の日差しが窓から差し込み、ぽかぽか陽気のうららかな昼下がり。そんな俺様の幸せな時間は、10分と経たない内にぶち壊された。

「すわぁすけぇえぇぇぇ!事件発生であぁぁぁ!」

喧しい声を上げて、部屋のドアを蹴破ってきたのは、俺の雇い主であるサナダの旦那だ。あぁ、ドアの修理代どうすんだろ。しかもそんなに大声張り上げなくっても、ちゃんと聞こえてるっての。

やや、自己紹介が遅れました。俺の名前はサスケ。どこにでもいる普通の成人男性ってやつです。で、この騒がしい人はサナダというちょっと変わった人で、探偵なんて職業やってます。新聞握り締めて、燃えに燃えている変人です。

なんでこの人が探偵なんてやっているのかと言うと、サナダの旦那の尊敬するタケダシンゲンという人が、すんごく有名な探偵だったからなわけで。その発想力、推理力、行動力、全てにおいて素晴らしい能力を持ってたお方だった。その人の後継者としてサナダの旦那はここで頑張って、世の中で起きている事件を解決しようと奔走している。

そして、ここは普通の一戸建ての家だけど、知る人ぞ知る探偵の住まう場所だったりする。いや、巣食う場所と言った方が正しいかな?自称・探偵がわんさかといるのだ。旦那は自称・名探偵で、これは大将――タケダシンゲンの冠名をそのまま頂いたもの。他に独眼竜探偵とか風来坊探偵とか海賊探偵とか日輪探偵とか、よく分からない有象無象がこの家でうごめいている。

どうして一緒に暮らしているかって?それは俺にもよく分からない。大将の時代から、ここには探偵を名乗る者が集まってきていたんだ。類は友を呼ぶってやつかな。探偵って言っても自称だし、事件が起きなければ仕事もないので、実際何をやっているのか分からない連中ばかり集まってるってわけ。そういう俺様もこの探偵助手って仕事だけでは食ってけないから、着ぐるみのバイトなんかしてたりするんだよね。

そうそう、事件だ事件。サナダの旦那が持ってきた新聞を借りて、中を読むことにしよう。思い切り握り締めていたらしく、ぐしゃぐしゃになっているよコレ。もう少し力加減ってのを考えて欲しいなぁ。しわしわの新聞を開いて読み始めると、ある事件のことが1面に大きく載っていた。

「事件って、コレのこと?」

「そうだ!また怪人831面相が出たらしい!」

旦那は興奮しまくっている。そのうち鼻血でも出すのではないかと、心配になってくるぐらいだ。しっかし、また831面相ねぇ。どうして旦那はこんなに831面相に入れ込むんだろう。俺様の鋭い勘は、旦那と831面相との間に何やら不穏な因縁があると告げている。いつか確認しなきゃ、と思ってるけどなかなか機会がないんだよね。

この怪人831面相というのは、この頃世間を騒がせている愉快犯。タキシードを纏い、麦藁で出来たシルクハットを被った、良く言えば謎の男、ぶっちゃけ変態じみた男なんだ。普通の怪人だったら、20とか21ぐらいの数字で落ち着くはずなのに、何故831も面相があるのか。本当にあるのか、ちょっと疑問。自分で831面相と名乗っているからねぇ。

そしてその姿格好だけでなく、特に行動がおかしいと言える。普通の怪人なんたらってヤツだと、何かを盗んだりすると思うんだけど、831面相は逆なのだ。盗むのではなく、物を置いていくという犯行を繰り返している。犯罪ってわけじゃないから犯行って言って良いのか分からないけど。ただ物を置いていくのではなくて、すり替えると言った方が良いのかもしれない。

そして、すり替える物が問題なわけだ。何故かネギやゴボウなどなど、野菜類を今まであったものの代わりに刺したり、置いたりしていく。あ、野菜だから831面相なんて名乗ってるのか。今ようやく、その謎が解けた。さっすが、俺様。ていうか、アチラさんが馬鹿か。

そんな変人が巷を騒がせているのだ。そして、サナダの旦那はある時からこの831面相を目の敵にして、ずっと追い続けている。

「この831面相は俺が捕まえるぞ、お館さむわぁぁの名にかけて!」

「はいはい、分かったから耳元で大声出さないで頂戴よ」

やけに張り切った声で旦那は叫ぶ。結構声が大きいので、耳元で叫ばれると耳が痛い。そうだ、ちょうど良い機会だから、さっきの疑問を聞いちゃおう。

「ねぇ、旦那。ずっと聞きたかったんだけどさ、なんでそんなに831面相に拘るのさ?」

俺の質問に、旦那は驚いたようだ。はっと息を飲んで、俺の方を見る。あちゃー、これは地雷だったかな。人間、言いたくないこととか、触れて欲しくないことの1つや2つはあるもんだ。脳天気で悩みなどなさそうな旦那も、例外ではなかったということである。

しばらく逡巡したあと、旦那は意を決めたらしい。ふぅ、と珍しく溜息を吐いて、831面相について考えていることを話し始めた。

「俺にはあの831面相を許せない理由がある。これまでもずっと追い続けてきたし、これからも追い続けるつもりだ」

どうやら、かなり深い因縁があるらしい。気付けば、重苦しい雰囲気になっていた。旦那らしくない。そして、俺様らしくない。ちょっとばかし空気を変えないと、なんだか押し潰されてしまいそうだ。

俺は少し柔らかい笑みを浮かべて、旦那に優しい声をかけた。

「旦那、難しい顔しないでさ。一人で抱え込んでいることがあれば、俺にも話して欲しいなぁ」

「そうだな、サスケ。お前にならば話せる」

沈んだ表情から二カッとした笑顔に変わる。昔からの付き合いなんだ。旦那とは、何でも話せる関係でありたい。俺が困っていたら、旦那に素直に話そうと思う。

ようやく本調子に戻ったみたいだ。旦那が831面相を追う理由を聞いて、事件解決に向かって動き出さないといけない。

「あの男が話題になり始めた頃の話だが……。俺が時々徳川園のみたらしを買っているのを知っているだろう、サスケ」

「ん、知ってるけど。たまーに臨時収入があると買いにいくとこでしょ?」

それに何の関係があるのか。徳川園というのは近くの商店街にある和菓子処で、旦那はそこによく行っている。職人のタダカツさんが無骨な手で作るみたらしが、とても旨くて人気なのだ。

「ある日、徳川園のみたらしを買いに行ったら、831面相の被害に遭ったらしく、全部ネギにすり替えられていたのだ!バーベキューのように切って串に刺してあった!きちんと焼いてもあった!」

「へえぇぇぇ」

「俺の楽しみを――徳川園のみたらしを奪った831面相を必ず捕まえる!そう誓ったのだあぁぁぁ!」

思いっきり私怨じゃないの。思わず、じっとりとした目つきで旦那を見てしまう。さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへ行った。なんだか聞いて損した。

旦那が831面相を追う理由は、聞かなかったことにしよう。友の敵だと言っていたと、俺の記憶を塗り替えておこうか。そうだ、それなら831面相を追う大義として相応しい。

とにもかくにも、831面相の手掛かりを探さねばならない。今の俺たちには、全く何も情報がない。旦那は独自に831面相の情報を追っていたが、なかなか有益な情報は掴めていなかったようだ。

そこで、1つ名案を思いついた。カスガに聞くという手だ。カスガというのは俺の幼なじみで、今は新聞記者をやっている若手のキャリアウーマン。ある歌劇団に属するウエスギケンシンという人に近付きたい一心で、新聞記者になったのだ。今、取材という名目でお近付きになっているとか、いないとか。

最近831面相のことを記事にしているとも、風の噂で聞いている。ならば、かなりの情報を知っているのではないだろうか。

「そんじゃ、情報集めにカスガんとこに行く?」

「そうだな、まずは情報収集!お館様も正確な情報を得るのが肝要と仰っていた!」

「それじゃあ早速行こっかー」

831面相の手掛かりを探るべく、名探偵サナダと名助手の俺は意気揚々と出動したのだった。



* * * * *



「な、何をしにきたお前たち!?」

ハンチング帽を被り、動きやすいスタイルをしている新聞記者・カスガ。手には愛用の羽ペンを持っている。俺たちの姿を見て、カスガは焦り始めた。

当初、カスガの勤務先に行って話をしようと思ったのだけど、門前払いを食らってしまったために、取材に出たカスガの後をこっそり尾行してきたのだ。

で、ここはよく分からない人の家の畑。カスガはこんな所で何をしようとしているのだろう。もしかして、831面相の本拠地を見つけてやって来たとかかな。

「いっやー、また831面相が出たんだって?俺たちと一緒に調べ……げふっ!」

容赦なく裏拳が飛んできた。最後まで台詞言わせてくれたっていいじゃん。昔から、俺への応対はこんなもんだけど。

「カスガ殿、お仕事お疲れさまでござる!」

ペコリと丁寧にお辞儀をする旦那に、カスガは戸惑う。こういうタイプのあしらい方は、あまり慣れていないらしい。俺みたいなのを、長年相手してきたからね。

「しかし、ここは一体どこでござるか?」

「し、静かにしろ!大声を出すんじゃない」

そういうカスガも声が大きい。やっぱり、誰かに見つかっちゃヤバい場所なんだろう。もしかしたらもしかして、ホシにぐっと一気に近づいた感じなのだろうか。

「もしかして、831面相関係?」

「違う!ここは、その、あれだ。お、美味しい野菜が売っていると、ケンシン様が……」

なんだ、ケンシン様絡みか。あーあ、一瞬期待したのに、一気にどん底に落とされた感じだ。しかも、美味しい野菜って。

「ケンシン様の美容のために、ここの野菜を差し入れしようと思ったんだ」

もじもじと照れながら、カスガは詳細を説明してくれた。恋する乙女の行動力の凄さに、ただただ感嘆するしかない。でも、野菜かぁ。うちも大食漢がいるから、美味しい野菜を安く仕入れられるのなら教えてもらいたいもんだ。

ひとしきり説明した後に、カスガは重大なことに気付いたらしく、ハッとした表情で声を上げた。

「しかし、どこで買えるんだ?」

畑じゃ売ってないんじゃないかな。産地直売的な小屋らしきものもここにはないし。取りあえず、何も調べずにここに来ちゃったわけね、カスガ。

それまで、きょとんとカスガの方を見ていた旦那が、突然ポンと手を叩いた。

「ここにあるのを引き抜いて、レジに持っていけば良いでござる!」

「そうかもしれないな!流石、名探偵サナダだ!」

「いやいやいやいや!ないないないない!」

そんなことすりゃ、野菜泥棒と思われちゃうよ。探偵が実は犯罪者でした、なんて噂が広まったら商売あがったりだ。そもそもレジどこだよ。カスガも何納得しちゃってんの。

必死で2人の暴挙を止めようとしていると、背後から低い声が聞こえてきた。

「テメェら、ここで何をしてやがる!?」

やべ、見つかっちった。勝手に人様の畑に入り込んでいるんだから、俺たちは限りなく怪しい人物である。下手をすると、野菜泥棒に間違えられかねない行為をしそうになっていたのだ。

取りあえず頭を下げようと思って、その声がした方を見て、俺は固まってしまった。

タキシード姿に麦藁製シルクハットを被った人相の悪い男が、野菜を大量に抱えて立っていたのだから。



第一話 了

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