春の始めの生ぬるい南風に吹かれながら、左近は歩いていた。三成に内緒で城に来るように、とねねから言われたのだ。
一体何をしようというのだろうか。主がアレなら、主の主の妻も一筋縄ではいかないようである。主の周りは変人揃いにもほどがある、と左近は苦笑した。
お忍びというほどではないが、人目を憚りながら城まで行くと、とある部屋に通された。
その部屋の中に入った瞬間、左近は固まってしまった。
「なんなんだ、こりゃ?」
部屋の中には自分がたくさんいた。間違いようもない。何年もずっと見慣れた顔と姿をした男がうじゃうじゃといるのだ。
部屋の真ん中に2人の左近。隅の方で座り込んでいる1人の左近。天井に張り付いている1人の左近。そして、よく分からない物体が2つ。
一体、何が起きているのだろうか。左近の許容できる事態の範囲を超えかけている。このまま、何も言わず去ってしまいたかった。
「おっ、主役のお出ましだぁー」
ぼんやりと立っていると、前方から声を掛けられた。声の主は自分だ。いや、自分ではあるが自分ではない。声が高すぎる。
かなり可愛らしい声で話す自分の姿に、思わずズッコケそうになってしまった。しかも、どこかで聞いたことのある声だ。
その仕草も自分のものとは思えないほど、ちょこまかとした動きである。この偽左近の主が誰なのか、しばらく考えてある人物を思い浮かべた。
「確か、あんた幸村に仕えている忍だったかい?」
「大当たりぃ」
片目を瞑り、嬉しそうな笑顔で言うのは止めてほしい。自分の姿でそんなことをやられると、心の底から気持ち悪いと左近は思った。
しかし何故、くのいちが左近の姿をしているのか。もしかして他の偽左近たちも、変化の術で化けているものなのだろうか。
「もしかして変化の術で化けてんのかい?」
「そのとーり!あそこで体操座りしてんのが風魔小太郎でぇ、天井でかさかさしてんのが服部半蔵だよー」
口元を引きつらせながら訊く左近に、左近の姿をしたくのいちは簡単な説明を始めた。
くのいちの隣に立っていたもう1人の左近も、一緒になって説明に加わってきた。
「あたしがみんなを呼んだんだよ。この日のためにみんなに変化の術を教えてあげたんだよ」
この目の前の左近は、ねねが変化したものであった。くのいちと同様、可愛らしい仕草をする自分の姿を目の当たりにして、左近は頭が痛くなってきた。
2人の説明によって分かったのが、彼らがねねに協力を要請されて呼ばれたらしい忍軍団であるということ。そして恐らく強制的に変化の術を習得させられたこと。
計画の中身は詳しく知らされなかったが、なんとなく予想はついている。この大量の自身の姿を見れば、どういう内容なのかは自然と分かるだろう。
しかし、気になるのは近くに立っている謎の物体約2つである。正体不明ではあるが、なんとなく直感で奴らだと分かった。出来ることなら顔を合わせたくない2人の、いや2つの物体。
「あんたたち、何してんだ?」
「左近殿、お久しぶりです!」
左近の直感は当たっていた。主君の友人である真田幸村と直江兼続――彼らまで来ていたのだ。
はぁ、と左近は小さく溜め息を吐いた。
「なんで、あんたたちまで……」
心の中で呟こうと思っていたボヤキが、つい口から出てしまった。
そんな左近の言葉に、幸村の隣に立っていた兼続とおぼしき物体が胸を張って答えた。
「我々は仮装大賞があると聞いてやってきたのだ!」
「仮装大賞?」
ねねの通達が変な風にねじ曲がって伝わっていたようだ。何がどうなって仮装大賞などというお達しになったのだろうか。もしかしたら、兼続お得意の思い込みかもしれない。
兼続に続いて、幸村も嬉しそうな顔で説明に加わった。
「左近殿の格好をしてくるように、と言われまして」
「それのどこが俺なんだ!?」
幸村の格好はどう見ても左近には見えない。なまはげと武田信玄を融合させたような、新たに爆誕した生命体と言っても思わず納得してしまう代物だ。
左近は頭を抱えて蹲りたくなった。
「ははは!私はこの衣装を作るのに、毎晩徹夜して寝不足になってしまったよ」
兼続に至っては、もはや何が何だか分からない。背中に大きく『島左近』と書かれた白い布を羽織っているだけである。
まるで邪悪なてるてる坊主だ。上杉謙信の格好を模したかったのだろうが、色々と間違っている気がする。
「審査員は三成なのだろう?」
「三成殿ならば、公平に審査して下さると思います」
完璧に仮装大賞に参加している気分の2人、いや2体はさておき、左近は再び自身の姿をしたねねに向き直った。
果たして主君はやってくるのだろうか。どのような手段で呼び出したのかは分からないが、ねねに言われて三成が素直に言うことを聞くとは思えない。
なかなか鋭い部分もあるので、ねねの計画に感付いてあれやこれやと理由を付けて来ないということもあり得る。
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