手掛かりその六、甲斐の狸。
執拗に追い掛けてくる魔王とその部下を必死に振り切って、幸村、兼続、三成、そして左近の4人は、はるばる甲斐までやって来た。
「狸、たぬき、タヌキ……」
手掛かりに記されていた狸という言葉を、幸村は先程から反復し続けている。
ずっと探し回っていた一文銭も漸く5つまで揃ったのだ。残り1つを手に入れるために、手掛かりに従って甲斐の国までやって来たのだが。
「タヌキ、キツネ、次は『ね』だぞ、兼続」
「ね、ね、寝込みを襲うとは不義!次は『ぎ』だ、幸村!」
「ぎ、ぎ、義のために!……ってお二人共邪魔しないで下さいよ!今一生懸命考えているのですから!」
隣で歩きながら尻取りをしている三成と兼続に邪魔をされて、幸村はぷんぷんと怒りながら突っ込む。
そんな彼らに遅れて歩いていた左近も、手掛かりについてアレコレ考えていた。
「狸ねぇ?信玄公は甲斐の虎というより甲斐の狸の方が合ってるよな、見た目も性格も……」
かつて、軍略を学ぶために武田信玄の元にいた左近の呟きに、幸村の耳がピクリと反応する。
そして。
「何て事を仰るのですかあぁぁぁぁ!?御館様は狸などではございません!」
「うおっ!?」
突然叫びながら足元目掛けて滑り込んできた幸村のせいで、左近は体勢を崩して前へ倒れ込んでしまった。その足元にいた幸村を押し潰す形で。
「いきなり何すんですか、あんたは!?」
倒れた瞬間に打った左肩を押さえながら左近が立ち上がる。しかし、幸村は倒れたままピクリとも動かない。
心配した三成達が慌てて駆け寄ると。
「分かりましたあぁぁぁぁ!」
びょいん、と腹筋で跳ね起きた幸村が大声で叫ぶ。その行動に驚いた三成が訝しげな表情で、何がだ?と尋ねた。
「狸に思い当たる場所があるのです!」
幸村が満面の笑みを浮かべて言う。頭を打った衝撃で何かを思い出したようだ。
こうして彼の言葉に従い、その場所へと案内して貰う事にした。
数刻の後、上田城に程近い峠の茶屋に着く。
「ここに狸が?」
「ええ。ここに狸がいるのです!」
左近の問いに、幸村は元気良く答える。しかし、この茶屋のどこを見てもそれらしきものはいない。
不安そうに見つめる3人に構わず、幸村は入り口に向かっていった。
「すみません!」
戸口から声を掛けると。奥からノソリと店主らしき人物が現れる。
そこで三成達は理解した。幸村の言う狸というのは茶屋の店主だったのだ。この茶屋の店主は狸にそっくりで一瞬見間違えそうになる程である。姿かたちから雰囲気まで、彼を形容するのに狸という言葉しか思いつかない。
いらっしゃいませ、という挨拶と共に現れた店主の頭をチラリと見た幸村は、嬉しそうな表情を浮かべた。
「すみません。少々失礼します」
と、店主に述べた幸村はその頭に手を伸ばし、そこに載っていた物を取る。
それこそ、これまでずっと探していた六文銭の最後の1つであった。
失礼しました、と店主に謝罪した幸村に兼続が尋ねる。何故ここだと分かったのだ、と。
「この茶屋で売っている団子をくのいちが気に入ってましてね。良く買ってくるのです。そして茶屋の店主が狸に似ていると話していたのを思い出しまして……」
店主がいる手前あまり大きな声で言えないので、ヒソヒソと小さな声で幸村は説明した。
「最後をここにしたって事は、団子を買えって事なんじゃないですかね?」
幸村の話を聞いていた左近が頭に手を当て呟く。確かにそうなのかもしれない。幸村がくのいちの団子を食べた事が始まりなのだから。
謝罪の意味も込めて、土産に買って帰った方が良いだろう。そう考えた幸村は、左近の言葉に頷いた。
「そうですね!買って帰る事にします!」
「いや待て。1つ問題がある」
幸村の言葉に続いて、眉を顰めた三成が小さく呟いた。
「金がないぞ」
淡々と言う三成の言葉に幸村は酷く衝撃を受けたのか、目と口を大きく開いたまま固まってしまった。忘れていた、と左近も思わず舌打ちをする。
幸村の六文銭を探すために東奔西走していた彼らの所持金は底を尽きていたのだ。今手元にあるのは、苦労して探し回った一文銭が6つ。
しかし、この六文は幸村が大切にしている物である。これを団子のためだけに使う訳にはいかない。
しばし悩んでいた幸村が突然気味の悪い程の笑顔になる。
「これで買います!元々これはヘソクリですし、こういう時に使うのならば御館様も喜んで下さると思います!」
それに皆さんにお礼もしたいですから、と口では言わず心の中で付け加えて。幸村は店主に団子を注文した。
六文で買えたのは団子4本。1本はくのいちへの土産にして、残りの3本は三成、兼続、左近の3人に手渡した。
「幸村、土産は1本で良いのか?何も私達に配らずとも全部土産にすれば良いだろうに」
手渡された団子をじっと見つめていた兼続が気まずそうに幸村に言う。土産云々だけではなく、幸村の大切にしていた銭で買った物を貰うのは何となく心苦しいのだ。
よく見れば三成や左近も似たような表情を浮かべている。
「いえ、三成殿にも兼続殿にも島殿にも本当にお世話になったので、これ位はさせて欲しいのです。探すのに付き合って頂いたのですから」
「言いたい事は分かるが、お前の分がない」
「私は良いのですよ。私は……えっと、あまり甘い物が得意ではないので」
明らかに嘘である。くのいちの団子をこっそり食べてしまう位甘い物が好きなのだ。幸村がこのような事を言うのは、三成達に余計な気を使わせたくないからである。
また間の悪い事に、幸村の腹からギュウゥゥという音が聞こえてきたのだった。
思わず幸村は恥ずかしさで顔を赤くする。その様子を見ていた三成が彼に声を掛けた。
「幸村、手を出せ」
唐突に言われた幸村は、その意図が良く分からないまま右手を三成の方に差し出した。
その掌に三成は串から外した団子を1つ、ポンと載せる。
「俺も甘い物が得意ではなくてな。こんなにも食えん」
そう言って、プイと素早く横を向いてしまった三成を、幸村は言葉も出せず見つめていた。そんな二人の様子を見ていた兼続と左近は、互いに顔を見合わせる。
そして。
「待て、私も甘い物は苦手なのだ!甘い物を見ると悔い改めさせたくなる!」
「いやぁ、実は俺も甘い物駄目なんですよ。この世から撲滅したい位でね」
そんな事を言いながら、二人して幸村の掌に団子を1つずつ載せた。
「三成殿、兼続殿、左近殿!本当に有難うございます!私にこんな!なんと言うか、申し訳なく思います……」
「なに、お前が気に病む事はない。俺や兼続はともかく、左近はな、甘い物を食べると全身に揉み上げが生えてきてしまうのだ」
「どんな奇病ですかそれ!?良い加減揉み上げから離れて下さいよ!」
照れ隠しなのか、意味の分からない説明をする三成に、左近は思いきり突っ込みを入れる。
掌に載った3つの団子を暫く見つめていた幸村は頂きますと呟くと、それを口に放り込んだ。三成達も2つになった団子を各々口に運び始める。
―この時。
「見つけましたよ!」
少し離れた場所から、あの明智光秀の声が聞こえてきた。撒いたと思ったのだが、いつの間にか追い付かれたらしい。
声のした方を見た幸村達は、思わず目を剥く。
光秀の隣に信長がいたのは予想通りだったが、あろう事か、更にその隣にあの浅井夫婦、そして本多忠勝がいたのだ。
今まで追ってきていた者が勢揃いしている。そんな状況の中、互いに顔を見合わせた幸村達は、揃って勢い良く飛び跳ねてから、一目散に逃げ始めた。口に団子をくわえたまま。
そんな彼らを、追跡者達は何処までも追い掛けていく。
幸村達の闘争、もとい逃走はまだまだ続くのであった。
―終―
6/6
*prev