手掛かりその四、修羅場。
恐ろしい勢いで迫って来ていた万年新婚夫婦をなんとか振り切って、幸村、兼続、三成、そして左近の4人は、はるばる京都までやって来た。
「凄い修羅場だな」
「修羅場と言うか、俺達時空超えてませんか?」
彼らがいるのは、炎に包まれた本能寺。そこで、二人の男の修羅場が繰り広げられていた。
一人は、魔王と呼ばれ圧倒的な力を誇った織田信長。もう一人は、その信長の家臣である明智光秀。炎上する本能寺で、彼らは刃を交えていた。
「まさしく修羅場以外の何物でもないな!」
場違いな程ハツラツとした声で兼続が言う。手掛かりから考えるに、ここで間違いないだろう。
しかし、火の粉舞い散る建物に囲まれ、且つ信長と光秀にバレないように柱の陰に隠れているため、どこに目的の物があるのか探す事が出来ない。
この時、まだ燃えていない木の柱から二人の剣戟を見つめていた幸村が、突然声を上げた。
「あ、あそこに!」
驚きで目を見開いた幸村が指差すのは、明智光秀の頭頂部。そこに彼の黒髪とは異なった、鈍い色の光を放つ一文銭が置かれていた。激しい動きにも関わらず、光秀の頭部から少しもずれる事がないのは何故なのだろうか。
「ある意味神業じゃないのか?あんな場所に上手く置くなんて」
三成が顎に手を当て、感心したように呟く。しかし、のんびりと感心している場合ではない。あの光秀の頭に載っている一文銭を、なんとしても奪還しなくてはならないのだ。
「さて、どうしたもんかな?」
左近はこめかみに人差し指を当てて悩んでいる。幾ら彼が軍略に長けていると言っても、このような状況に直面するのは初めてで実際どのようにすれば良いのか全く考えつかない。
「真剣に戦っている彼らの間に割って入る訳にもいかないですし」
困ったような表情で幸村が呟く。このように、4人がどうするべきか思案に暮れている間に、信長と光秀の一騎打ちは重大な局面を迎えていた。
幾度か鍔迫り合いを繰り返した信長と光秀は、ゆっくりと間合いを取り始める。光秀は右手に握っていた刀を一旦鞘に戻し、腰を低く落とし居合をするような姿勢を保つ。信長は右手の妖刀を握り直し、ユラリと構える。
そして、二人が同時に駆け出した。
一閃の後、互いに背を向けて立っていたが、信長がガクリと膝を落とす。
この時、思い掛けない出来事が起きていた。
「どうやら決着がついたようですね」
悩みながらも信長と光秀の方を見ていた幸村がボソリと呟いた。その言葉に、他の3人もそちらに目を向ける。
そして、暫く光秀をじっと見つめていた三成が驚いたように声を発した。
「なぁ、六文銭が消えていないか?」
「な、なんですと!?」
三成に言われ、皆一斉に光秀の頭部を見る。彼の言う通り、今まで載っていた銭が跡形もなく消えていた。一体何処へ行ってしまったのか。幸村達は目を凝らして光秀の周囲を探していた。
一方、4人の男から視線を投げ掛けられている事に全く気付いていない光秀は。
片膝を地についた信長に刀を向け、止めを刺そうと振り下ろす。
しかし。
「斬れません!」
寸での所で刀を止めた光秀は、カランとそれを地に落とした。己の思いを弱々しく語り続ける光秀と、それに対し思いも寄らない言葉で返す信長。
そんな二人を見つめていた左近が、あっ!と小さく声を上げた。
「ありましたぜ!あるにはありましたが、またとんでもない場所に……」
疲れたような表情の左近が指を差すのは、信長の髪の結われた部分。そこには、髪に半ば埋もれかけた一文銭があった。
「更に取り辛い所に……どうすれば?」
「悩む事などないぞ、幸村!私が義の力で取り戻して来よう!」
不安そうに呟いた幸村に、兼続が爽やかに笑いながら声を掛ける。そして、周りの制止も聞かぬまま、一直線に飛び出していってしまった。
何か作戦でもあるのかもしれない。そんな期待を抱きながら、3人は駆けて行く兼続の背中の『愛』という文字を見つめていた。
しかし。
「義が私に進めと命じる!」
意味の分からない事を叫びながら猛進していく兼続は何も考えていなかった。
突然聞こえてきた謎の声に気付いた信長と光秀は、その声のする方を向く。兼続の登場で、緊迫した空気が一瞬にして消えてしまった。
「何奴!?」
絶叫しながら迫り来る怪しげな男を見て、光秀は慌てて地に落とした刀を拾い上げた。地に片膝をついていた信長も、何事かと立ち上がった。
その信長目掛けて、怪しい男が手を伸ばしてきた。
その時、石畳の突き出た部分に彼の右足が引っ掛かり、そのまま倒れ込みそうになりながら目の前にいた信長を勢い良く突き飛ばした。
それと同時に、ズドンと銃声が響いたのだった。
何が起きたのか。皆、一瞬理解出来なかった。
「兼続殿!?」
ハッと我に返った幸村が、地に伏している兼続の元へと慌てて駆け寄る。三成と左近も急いでその後に続いた。
先程まで修羅場が繰り広げられていた場所には、地に倒れ伏している兼続と、彼に突き飛ばされ座り込んでいる信長、そしてその二人を呆然と眺めている光秀がいた。
「ご無事ですか!?」
幸村は兜の上から左即頭部を押さえて倒れている兼続を抱え起こした。躓いたせいで信長の代わりに撃たれたのだろう。
三成は急いで兼続を撃った者を探す。四方を見回すと、屋根の上に雑賀孫市がいた。
三成に気付かれたと分かると、孫市は急いで逃げ出す。その後を三成は慌てて追おうとしたが、今は孫市よりも兼続の容態の方が心配だ。
「大丈夫か、兼続!?」
幸村に抱き起こされている兼続に、三成は必死で声を掛ける。三成の声に反応したのか、兼続はよろよろと右手を上げた。
「み、三成、幸村。私は、もう駄目かもしれぬ。最期にこれだけは伝えたいのだ……」
「兼続!」
「兼続殿!?」
弱々しく発せられる兼続の言葉に、三成は差し出された彼の右手を強く握り締める。大きく見開かれたその目には、じわりと涙が浮かんでいた。
幸村は唇を噛み締め、止め処なく溢れ出る涙を何とか堪えようと上を向く。そんな彼らを暫く沈痛な面持ちで見つめていた左近は、遣り切れない思いで空を仰いだ。
「私の、私の志を継いで貰いたい。愛する民の為に義の世を、築いてくれ。我が友ならば、必ず義の世を築けると信じているぞ!また、私の亡骸は……愛する上杉の民を一望出来る場所に埋めてもらえないだろうか?そして、私が食べずに取っておいた干し柿がもし腐ってしまったならば、慶次に食わせるなりして処理してくれないか?あと……」
「……兼続?」
命が尽き果てようとしている筈なのに、延々と遺言を残し続ける兼続を三成は怪訝に思う。そして、撃たれた傷を確認するためにその兜を引っ剥がした。
撃たれたと思っていた兼続の頭と兜の間には、一文銭が挟まっていた。そして、その穴に銃弾が刺さっていたのである。
「兼続、貴様あぁぁぁぁ!!」
兼続が無傷である事に安心した瞬間怒りが沸いてきたのか、三成は血管が浮く程の勢いで叫ぶ。
しばし放心していた幸村は、くのいちから渡された手掛かりについての紙を慌てて懐から取り出す。その紙には、『手掛かりその五、灯台下暗し』と書かれていた。
「何はともあれ、兼続殿が無事で何よりです!」
一文銭から銃弾を抜きながら幸村が嬉しそうに言う。涙と鼻水で顔をクシャクシャにして。
そんな彼らを見ていた左近は安堵の溜め息を吐いて。
「ま、これも忘れずに頂いておきますよ」
幸村達の様子を座り込んだまま眺めていた信長に近付き、その髪に埋もれていた一文銭をヒョイと手に取った。
「貴方達はっ!?」
そこでようやく我に返った光秀は、怒りに満ちた声で尋ねながら左近に刀を向ける。
「邪魔をした罪は重い、ぞ」
ユラリと立ち上がりながら、信長も妖刀を左近に向けた。どうやら二人とも怒っているらしい。
此方のお陰で死なずに済んだってのにねぇ、などと左近は考えていた。だが、目的の物も無事に手に入れたので長居は無用である。
「三十六計逃げるに如かず、ってね」
左近は他の3人を促して逃走を始める。
こうして、魔王とその部下との恐怖の追い掛けっこが始まった。
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