手掛かりその三、万年新婚夫婦。



鬼神のような勢いで迫ってくる戦国最強・本多忠勝をなんとか振り切って、幸村、兼続、三成、そして左近の4人は、はるばる近江までやって来た。

「この3つ目の手掛かり、奴らしか考えられん!」

若干疲労しているらしい三成が声を張り上げて主張する。そうですねぇ、と左近が適当に相槌を打つ。疲労困憊というような面持ちで。

あの本多に追い掛けられていたのだから、疲れていても不思議ではない。

しかし、疲労の色を見せる二人とは対照的に、幸村と兼続は無駄に元気で疲れた様子など欠片もないようだ。

体力が有り余っているのか、二人で『義の闘争ごっこ』などという意味の分からない遊びをしている。これは幸村が武田信玄の、兼続が上杉謙信の真似をして、闘争だの宿敵だのと叫んで互いに攻撃を仕掛け合うという非常に遊び手を限るものである。

「義の闘争だ、宿敵!」

「痛っ!痛いですよ、兼続殿!」

兼続に護符の束でピシピシと叩かれていた幸村は悲鳴を上げた。地味に痛い攻撃なのだ。義という言葉を全く感じさせない兼続の陰湿な攻撃を受け続けていた幸村は、一瞬の隙を見つけて反撃に転じる。

「この一撃っ!」

「ぐわあぁっ!?」

兼続の攻撃を腹に据え兼ねていたらしい幸村は、本気で友人を攻撃し始めた。真剣な眼差しで攻撃してくる幸村に、兼続は不義だ何だと叫んでいた。

そんな彼らの様子を見ていた左近は呆れたようにぼやく。

「全く何であんなに元気なんですかね……って殿?」

「闘争だ、左近!」

幸村と兼続に感化されたのか、はたまた一人だけ混ぜてもらえなくて寂しいのか。突然三成が、持っていた扇子を左近に投げつけてきたのだ。

「ちょっ、いきなり何するんですか!?」

己に向かって投げつけられた扇子を、左近は右手で跳ね飛ばす。そのまま、三成の扇子は遠くの繁みへと飛んでいってしまった。

「……左近」

「わ、分かりましたよ!ちゃんと取ってきますって!」

三成からジットリとした視線で睨みつけられた左近は、半ば自暴自棄になりながら主の扇子を探しに行く。どうして俺はこんな人に仕えているんだ、などと思いながら。

その暫く後、左近が血相を変えて戻ってきた。手にはきちんと三成の扇子を持って。

「何をそんなに慌ててるんだ?揉み上げでも爆発したのか?」

「どんな大惨事ですかああぁぁぁ!?違いますよ、見つけたんですよ!」

三成からの意味の分からない問いに勢い良く突っ込んだ左近は、繁みの方を指差しながら説明する。幸村の六文銭の1つがあった、と。

左近がその言葉を発した瞬間、今まで『義の闘争ごっこ』に興じていた幸村が、ズザザ!と滑り込みながらやってきた。

「見つかったのでぬぐへっ!?」

滑り込むのに勢いがつき過ぎて、幸村はそのまま近くの木に激突する。

そんな幸村を無視して左近は一文銭のある場所を詳しく話そうとするが、ふと思い止まる。あの場所で見た事を口で説明するよりも、実際に行って見てもらった方が早いと判断したからである。

百聞は一見に如かず。そう思った左近は、敢えて詳しい状況説明をせずに、その場所に案内しようとした。

「あの繁みの奥に川がありましてね。そこに……」

「そこかあぁぁぁぁ!!」

左近の言葉を最後まで聞かず一直線に走り出した幸村を、左近は呆然とした表情で見送る。そして、フゥと一つ溜め息を吐いて己の主を見遣った。

「追い掛けますか、殿?」

「闘争は、愉悦!」

「それはもう良いですから!」

ひたすら上杉謙信の真似をしている三成に突っ込みを入れた左近は、主と共に幸村の後を追い始めた。のたのたと、亀よりも遅い歩みで。

そして、未だに一人で『義の闘争ごっこ』をしていた兼続は周りに誰もいなくなっている事に気付いて、慌てて皆を探し始めたのだった。



繁みを越えた場所に広がる川辺。そこでは、淡い桃色の世界が繰り広げられていた。

「やはり殿の言った通りでしたね」

桃色の世界を繁みから隠れて見つめている左近は、隣にいる主に向かって小声で話し掛けた。

川辺にいるのは浅井長政とその妻・お市。仲睦まじい彼らの周りには、桃色の霞が漂っているように見える。

そして三成の予想通り、幸村の一文銭は彼らの元にあった。浅井長政の兜の先端部分に不安定ながらも嵌った形で。

「全く何であんな取り難い所に」

ウンザリとした口調でぼやく左近の耳に、ブツブツと三成が何やら呟いているのが聞こえてきた。よく見ると、その表情は酷く険しい。更に兼続や幸村に視線を向けると、彼らもまた不機嫌そうな表情をしている。

その理由がなんとなく分かった。目の前の仲良し夫婦に嫉妬しているのだ、と。いや、夫婦ではなく主に夫の長政に対してかもしれない。

顔はええのに可哀想に、と出雲の巫女に言われた兼続を筆頭に、彼らは申し分のない容姿を備えているのに女性とあまり縁がない。だから、可愛らしい女性を妻に迎えて仲睦まじく暮らしている長政を妬ましく思ってしまうのだろう。

そんな事を考えていた左近は、妙に生暖かい笑顔で己が主に声を掛けようとした。

――その時。

「目障りなのだよ!」

「不義を断つ!」

「貫くっ!」

という叫びと共に、三成の兜の角が発射され、兼続の護符が宙を舞い、幸村の槍が投げられ、一直線に長政目掛けて進んでいった。

「うわあああっ!」

突然訳の分からない攻撃を受けた長政は、悲鳴を上げながら背後の川へと落ちて、そのまま流されていってしまった。あまりの出来事に、お市は呆然と立ち尽している。

「あっ、六文銭と私の武器が!」

そう叫んだ幸村は、どんぶらこどんぶらこと流されていく長政を慌てて追い掛け始めた。

お市と同じくあまりの出来事に暫く放心していた左近は、ハッと我に返って三成に質問する。

「とととと殿っ!?その兜一体どうなって……」

「ふははは、遠隔操作式なのだよ!」

左近の問いに、三成は右手に持っていた扇子をフワリとはためかせて答える。三成のその行動に合わせて、発射された筈の角がシャキーンと音を立てて三成の兜に戻ってきた。

いつの間にそんな仕様になっていたのか。我が主ながら良く分からない、と左近は頭を抱える。

「左近、お前もどうだ?揉み上げを遠隔操作式にしてみないか?」

「揉み上げを遠隔操作する意味が分かりません!それに出来ませんから、目を輝かせないで下さい!」

ワクワクと童子のように目を輝かせて言う三成に、左近は勢いよく突っ込む。

この時、異様な殺気が周囲に立ち込め始めていた。

「貴方達が長政様を……」

殺気の源にいたのはお市。普段のたおやかな様子は何処へやら、その顔付きは一変していた。

「貴方達が変死体となって発見されたとしても……それは詮無き事」

お市は武器の剣玉を握り締めて恐ろしい事を呟く。

この迫力、流石は織田信長の妹と言わざるを得ないな、と左近がボンヤリと思っていると突然目の前に、菫色の玉が迫っていた。

「がはぁっ!?」

顔にお市の剣玉の直撃を受けた左近は、その場に蹲る。剣玉は縦横無尽に暴れ回り、三成や兼続も被害を受けているようだ。

「くっ、拙いな!」

「義の退却だ!」

このままでは殺されて、数日後に変死体として発見されるかもしれない。そんな恐ろしい考えが胸をよぎる。

結局、彼らはお市の攻撃から逃げる事にした。

「おっ、お待ち下さいいいぃぃぃ!」

川下から幸村が必死の形相で三成達の元へ駆けてきた。

その後ろには、川に流された筈の長政の姿。どうやら怒っているらしい。当然と言えば当然であるが。なんとか一文銭と武器を回収したらしい幸村と合流した三成らは、その場から脱兎の如く逃げ出す。

――しかし。

「行くぞ、市!」

「はい、長政様!」

浅井夫婦は執拗に追い掛けてくるのであった。

こうして、万年新婚夫婦との愛の追い掛けっこが始まった。



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