手掛かりその二、戦国最強。



「ありゃ無理ですよ、絶対……」

左近が情けない表情でぼやく。

二つ目の手掛かりに従って、三河までやって来た4人は繁みにコソコソと隠れながら作戦会議を行っていた。

彼らの視線の先には、戦国最強と呼ばれる本多忠勝が槍を片手にじっと佇んでいる。瞑想でもしているのだろうか。

問題はその本多の兜の角部分に、彼らの探し求めている物が刺さっている事。

「くのいちめ、何故あのような場所に器用に刺せるのだ?」

本多の兜に刺さっている大切な一文銭を見つめながら、幸村は唸るように一人ごちた。

「あの本多忠勝が相手か。正攻法じゃまず無理だな」

左近が顎を擦って呟く。軍師らしく、真剣に策を考えているようだ。中々良い案が出ず、作戦会議が難航する中、三成が何かを思い付いたように手をポンと打った。

「あの猛牛のような男なら赤い物に突進してきそうだな。何か赤い物をオトリにすれば良いんじゃないか?」

三成が神妙な表情で提案すると、皆の視線が自然と幸村に集まる。身近にある赤い物と言えば、幸村しか思い付かない。

「なっ、ななな何故皆して私の方を見るのですか!?」

3人から一斉に注がれる視線に、幸村は思わずジリジリと後退する。このままでは囮にされてしまうかもしれない、という恐怖で彼の顔は引きつっていた。

「いや、つい、赤いなぁと思ってな」

淡々と返しながらも、三成は扇子を手に幸村へと近付いていく。

「はっはっは、幸村を囮にしようなどと心では思っても口では言わないぞ!」

「無茶苦茶言ってるじゃないですかああぁぁぁ!?」

爽やかな笑顔でポロリと本音を漏らす兼続に、幸村は涙声で突っ込む。この胡散臭い爽やかさが恐ろしい。

あの本多の前に囮として本当に差し出されては堪らないので、幸村は必死で抵抗を試みる。

「わ、私以外に他にも赤い物はありますよ!」

泣き顔で訴える幸村に、何があるんだ?と三成が聞き返す。

自分以外にもあるとは言ったものの、咄嗟に他の物が思い付かない幸村は破れ被れとばかりに適当な事を答えた。

「たっ例えば……血まみれの左近殿とか!」

「何で俺なんだああぁぁぁぁ!?しかも血まみれって瀕死じゃないのか!?」

幸村のとんでもない発案に、傍観者を決め込んでいた左近は目を剥きながら突っ込んでしまう。冗談ではない。ここにいる連中なら本気でやりかねないのだ。

3人から一斉に攻撃されて血まみれになった己が本多の方に放り投げられるという場面を、一瞬の内に想像した左近は背中に冷や汗が流れるのを感じた。

「名案だな。それで良いだろう」

「殿おぉぉぉおぉ!?どこが名案なんですか!?」

幸村の恐ろしい提案に三成が賛成する。心なしか、主は嬉しそうな表情をしているように見えた。

先程想像した己の姿が、このままでは現実になってしまう。左近は慌てて残りの一人に助けを求めた――が。

「そなたの義戦、兼続が見届けた!」

「どこが義戦なんだあぁぁぁぁ!?」

残りの一人はあの兼続だったのだ。やはり訳の分からない事を真剣な声で言う。三者三様の言葉に精神的に疲れ果てた左近は、もう嫌だとばかりに肩を落とす。

「そんな状態であのオッサンの前に放り出されたら、それこそ命がいくつあっても足りませんよ」

弱々しい声で左近が反対意見を述べると、三成が片方の眉を吊り上げた。

「ならば、他に何か案があるのか?なければお前が人身御供になるのだ、左近!」

「いや、あのですね……4人で四方から一斉に取り囲んで、その隙に兜から取れば良いんじゃないですかね?そうそう!4人の義と友情の力を結集させてですね」

不機嫌そうに答える三成の言葉に、左近は咄嗟に思い付いた事を口に出す。取り敢えず、義という言葉を出せば兼続が、友情という言葉を出せば幸村が反応するだろうと見越して心にもない事を最後に付け加える。

そして、左近の目論見通り、見事に義馬鹿と友情馬鹿が食い付いてきた。

「そうだな!皆で力を合わせて義の偉大さをあの男に見せつけるのだ!」

「全く島殿の仰る通りです!我らの厚い友情に敵う者などおりません!」

こうして二人が左近の案に賛成したため、三成も渋々それに従う。

しかし。

「ちっ、つまらんな」

ボソリと呟いた主の言葉を、左近は聞き逃さなかった。

「で、四方から本多を取り囲めば良いのだな?」

それ位簡単だ、と言わんばかりに三成は涼しげな顔で言う。早速、各々移動して作戦に取り掛かろうとした――のだが。

「お、お待ち下さい!そう言えば……」

幸村が青ざめた顔で他の3人を呼び止める。そして、私は不味いのですと続けて言った。

彼が説明するには、本多忠勝の娘・稲姫が幸村の兄・信之に嫁いでおり、所謂姻戚関係に当たるそうで顔が知られているのだと言う。

「叔父に当たる方に無礼を働いたのが自分と分かるのは……」

と、幸村は困ったような表情で告げる。これから本多に対して4人がかりで飛び掛かろうとしているのだ。このような失礼極まりない行為を幸村がやったと知れたら、兄や父の面目が潰れてしまう。

「そうか、ならば幸村を除いた3人で……」」

「案ずる事はないぞ、幸村!」

幸村を除いた3人で作戦を遂行しようと言おうとした三成の言葉を遮って、兼続が堂々とした声で叫びながら、懐からゴソゴソと何かを取り出す。

それは、三角形の白い覆面であった。目の部分だけに穴が開いている種類の物である。

この怪しげな集団が胡散臭い儀式を行う時に用いるような覆面を見た兼続以外の3人は、思わず絶句してしまった。

「これを使えば顔を見られる事もないぞ!さぁ被ってくれ、幸村!」

兼続は嬉々として怪しい覆面を幸村に渡そうとする。

当の幸村は、差し出された覆面を暫く不安そうに見つめていた。見るからに怪し過ぎて、被りたくなかった。しかし、無下に断る事など彼には出来ない。友が自分の為に折角出してくれた物なのだ。

スゥ、と軽く息を吸って気持ちを整理してから、幸村は素早く覆面を被った。

「はっはっは、似合っているぞ、幸村!」

「最高に似合ってるぞ。羨ましいなぁ。ははは」

覆面を被った幸村の姿を見て兼続と三成が各々感想を述べた。三成の場合は全く感情の篭っていない声音だったが。

そんな三成の発言に、兼続が瞳を輝かせて答えた。

「ふっ、心配せずとも全員分あるぞ!」

「いらんわあぁぁ!」

再び懐から同じ覆面をいくつか取り出した兼続に、三成が勢い良く突っ込む。しかし、そんな三成の背後から悲しそうな幸村の声が聞こえてきた。

「……友だと信じておりましたのに、三成殿……」

悲しそうな、というより恨めしそうな、という形容が相応しい幸村の声音に、三成の全身が総毛立つ。

いつの間にか兼続も覆面を被っていた。

そんな友人二人に挟まれた三成は、手渡された覆面をまじまじと見つめた後、深い深い溜め息を吐いてから、少々投遣りな声で叫んだのだった。

「覚悟を決めたぞ、左近!だから」

「だから、俺にも被れと仰るんでしょう?分かってますよ」

三成に押し付けられた白い覆面を手に持った左近は、遠い目をして観念しきったように呟いた。

「そうだ!良い案を思い付いたぞ!」

突然何かを思い付いたらしい兼続が、皆にその案を説明する。

こうして程無く、白い覆面を被った怪しい4人組は作戦を遂行するべく、四方に散っていった。

そして、一斉に本多を取り囲むという計画通り、4人は各々の方向から獲物に向かって近付いたのだった。

「む!?何だ貴様らは!?」

己に向かって無言で近付いてくる覆面を被った男たちに気付いた本多は、槍を持って威嚇しようとする。しかし、己の理解の範疇を越えた彼らの風貌に不気味さを覚えた本多は少し後退る。

そんなこんなで、4人の怪人は、本多の周りをグルリと取り囲んでしまった。

「な、何をしようと……」

未知なるものへの恐怖からか、本多は掠れた声を出す。

この時、怪しい男たちが突然、互いに手を繋いでグルグルと本多の周り始めた。これは先程兼続が提案した、本多を攪乱する為の行動であった。

変人たちがグルグル回る中。

「やーっ!」

突然、一人の男が槍で本多の兜の角部分を突いた。

カラン、という音と共に角から吹っ飛んだ物を、男は器用に受け止める。

そして、それを確認すると、覆面男たちは一目散に逃げ始めたのだった。

一瞬自分の身に何が起きたのか分からなかった本多は暫く呆然と佇んでいたが、やがて沸々と怒りが沸き上がってきたのか、鬼のような形相で幸村たちを追い掛け始めたのである。

こうして、戦国最強との死の追い掛けっこが始まった。



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