愛呼ぶ


義呼ぶ


銭が呼ぶ!



銭をたずねて九千里



一見冷徹であるがその実、熱き魂を内に秘める若き智将・石田三成と、その家臣、軍略に関しては並ぶ者がいないと言われる軍師・島左近は、共に渋い顔をしながらその物体を眺めていた。

ここは、佐和山城の門前。これから付近の視察に向かおうとしていた二人は、ソレが門の前で横たわっているのを発見した。

ソレ、とは燃えるような赤い鎧を身に纏う若き武将、且つ石田三成の友人、真田幸村であった。

「…………」

「殿、目を合わせちゃいけませんよ」

地面に横たわりながら泣いているらしい友人をジッと眺めている三成の腕を無理矢理引っ張って、左近は先に進もうとする。

幸村がこんな風に現れた時は、大概面倒事に巻き込まれるのだ。別に戦や喧嘩などの面倒事ならばあまり嫌だとは思わないが。彼と、同じく主の友人である直江兼続が関わる面倒事となると、己の理解の範疇を越えた事態になるので出来れば関わりたくない。出来れば、ではなく、なんとしても、と言うべきか。

だから、左近は幸村を無視して進もうとする。

――が。

「先を急ぎましょ」

「お待ちくださいぃぃぃ三成殿ぉぉぉ!」

突然、左近の足に蛇のような動きをした幸村が絡みついてきたのだ。何故か恨みつらみを含んだような凶々しい声で。

「ヒィィ!何故俺の足を掴むんだあぁぁぁ!?」

三成殿、と言いながら左近の足に絡みつく幸村。そんな彼が悲痛な声で尋ねた。

「私のっ、私の六文銭を知りませんか?」

と。



心霊現象的な動きをする幸村を宥めて、一体どうしたのだ、と三成が聞けば彼はポツポツと身に起こった事を話し始めた。

事の起こりは数日前。額の鉢巻きに付けていた六文銭がないのに気付いたのだという。

「あの鉢巻きの六文銭は本物だったのか?ずっと模様だと思っていたのだが」

「えぇ、本物です。あれは私のヘソクリなのです」

「鉢巻きにヘソクリって分かり易すぎじゃねーか!」

そのヘソクリの六文銭が、忽然と姿を消していたらしい。慌てて上田城を隈無く探したが、見つからなかったそうだ。

そして、その暫く前に三成の元に遊びに来ていた事を思い出して、そこに忘れたのではないかと考え付いた。こうして、幸村は三成の元を訪ねてきたのだが。

「俺は見た覚えはないが、というか何故その六文銭に拘わるのだ?別の一文銭を6つ付けておけば良いんじゃないか?」

三成があっさり軽やかに告げると。幸村は勢い良く立ち上がり、拳を握り締めて力説した。

「あの……私が鉢巻きに付けていたあの6つの一文銭は、御館様より頂きし大切な物なのです!他の物で代わりになりましょうか、いやならない!」

「何で反語表現!?」

「ふっ、信玄公に対する忠義は流石だな、幸村!」

力説をかます幸村に突っ込みをいれねば気がすまない、天下無双の突っ込み役・島左近。そんな彼は背後から聞こえてきた声に、怪訝そうな表情をする。

何故、いるのだ?

今一番出てきて欲しくない、そして関わって欲しくない人物の声。振り返ってその姿を確認したくない。出来れば幻聴だと思いたい――のだが。

「兼続殿!?何故ここに?」

突然現れた三成と幸村の友人である直江兼続に、驚いた表情をした幸村が尋ねる。あぁやっぱり、と左近は脱力したように項垂れた。

この自称・古今無双の義士が関わるとまた話がややこしくなるのだ。只でさえ、少々我が儘な主に重度の天然馬鹿なその友人の相手をするだけでも生命力が削られているのに、この3人が揃うといよいよ手が付けられなくなる。

「ふっ、義を呼ぶ声があれば何時だろうと何処であろうと私は駆け付ける!」

ビシと宝剣を構えて堂々と述べる兼続に、流石です!と幸村は目を輝かせて応える。そんな二人の遣り取りを眺めていた三成が、唐突に兼続に尋ねた。

「なぁ兼続。お前は幸村の六文銭を知らないか?幸村が来ていた時にお前もいただろう?」

友人二人の奇行に慣れているのか、はたまた奇行だとは思っていないのか。幸村と兼続の様子を意に介する事なく淡々と聞く三成。

そんな三成の質問に、兼続は腕を組んで考え始めた。暫く考えていた兼続が、何かを思い出したかのようにハッと顔を上げた。

「そう言えば、あの時……兜が風で飛ばされてしまってな。探しに行くのが大変だったぞ、はっはっ」

「関係ないだろうがその話はああぁぁぁっ!人の話を聞けえぇぇ!」

バスン!と三成の扇子で攻撃された兼続は勢いよく遠くへ吹っ飛んでいく。

そんな三成の行動を見ていた左近は、主が突っ込みを入れた事にいたく感動していた。まだマトモな部類だ、と。

「三成殿も兼続殿も知らないとなると、私の六文銭は一体何処に?」

三成の突っ込みや兼続の惨状に全く構う事なく、幸村は頭を抱えて悩み始めた。

――その時。

「にゃはん。お困りのようねぇ、幸村様」

近くの繁みから、小柄な女がピョインと軽やかな動きで出てきたのだ。その姿を見た幸村は驚きで目を見開く。

「な!?くのいち?」

「む?幸村、お前の恋人か?ぬっ、抜け駆けは許さんぞ!!」

「ちちち違いますよ!くのいちは私の部下です!」

台詞の後半にかなり憎しみを込めて尋ねる三成に、幸村は慌てて否定する。

三成、兼続、幸村の3人は特に容姿が悪い訳ではないのに女性とあまりお付き合いする事がない。理由は勿論彼らの性格である。黙っていれば近付いてくる女性もいるが、一度言葉を発したり何か行動を起こしたりすると、あっという間に離れていく。

性格的な理由であまりモテない彼らの中では、抜け駆けして女性と付き合ってはならないという暗黙の了解のようなものが出来ているのだ。思春期真っ盛りの少年じゃあるまいし、というのが三成からその話を聞いた左近の感想である。

だから、くのいちを幸村の恋人と勘違いした三成は、憎々しげに尋ねたのだ。そんな三成と幸村の遣り取りに構わず、身軽な動きでくのいちは近付いてきた。

「大切な物を奪われた人の気持ちが分かったみたいだねぇ、幸村様ぁ」

「何っ!?まさかくのいち、お前があの鉢巻きの六文銭を!?」

ヒョイと顔を覗き込みながら言うくのいちに、幸村は驚愕の声を上げる。

「だが何故?」

「アタシがとっておいた団子をコッソリ食べた幸村様への復讐なのよん。酷いよねー、人が食べるの楽しみにしていた団子を食べちゃうなんて!」

「うっ、バレてたのか?す、すまない!」

くのいちが意地の悪い表情で非難すると、幸村はたじろぎながら謝罪する。

「だから幸村様に大切な物を取られた気持ちを分かってもらおうと思ったワケ。でもまぁ反省してるみたいだし、手掛かりくらいは教えちゃおうかな?」

そう言うと、くのいちは懐から出した紙を幸村に渡す。そして、頑張ってねー!と声を掛けてから一瞬の内に去っていった。

「全く、自業自得だな。」

「はっはっは、この食いしん坊め!」

「あんた、いつの間に復活したんですか?」

やれやれ、と言うように幸村を見つめて呟く三成に続いて。彼に吹っ飛ばされた筈の兼続が、爽やかに笑いながら幸村をたしなめた。

当の幸村は、くのいちから渡された紙を見て悩んでいる。

「手掛かりその一、角?かく……かど?」

「分かったぞ、幸村!角とはかどの事で、不義の輩は豆腐の角に頭をぶつけて天に召されろという事が言いた……」

「お前が天に召されろおぉぉぉ!」

ズバン!と三成の扇子を腹に打ち込まれた兼続はその場に倒れる。そんな兼続の惨劇にも気を留めず、幸村は頭を抱えて手掛かりについて考え続けていた。

その時、ずっと彼らの様子を眺めていた左近が、やや呆れたような表情で片手に上げた。

「あのー、そろそろ突っ込んでも良いですかね?その、殿の兜に刺さってるのじゃないんですか?」

主の兜の尖っている、正に角のような部分を指差しながら言う左近の言葉に、三成は手を伸ばして確かめた。

いつの間にか、六文銭の1つが角の部分に刺さっていたらしい。

「こっ、こんな場所に!?俺とした事が気付かなかった!」

「角とはつのの事だったのですね!」

相当驚いた様子の二人に、鈍いにも程がある、と左近は小さく溜め息を吐いた。

「あと5つ、必ず見つけ出します!」

「友として俺も手伝おう、幸村!……行くぞ、左近!」

「やっぱり俺も巻き込まれるんですかっ!?」

こんな調子でギャーギャー言いながらも、彼らは次の手掛かりを基に隠された六文銭を探す旅に出たのである。

その後を、必死の形相で追い掛ける兼続がいた。



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