「じゃ折角だし、仲人として何かどうぞ」
政宗の説明に慶次は納得したらしい。らしいのだが、突然仲人として何か言えと言われても困る。
言いたいことなど特にないし、何よりもこんな茶番を終わらせて帰りたい。政宗は考えた。何事もなく早く終わらせるには、忠勝が家康の元に残るという形で決着がつけば良いのだ、と。
しばらく悩んだ後、政宗は忠勝の前まで進んだ。そして、腕を組んで、忠勝の眼を見据えて話し始めた。
「Ah、本多さんよ。そこにいる真田幸村は、アホでバカで無駄に熱苦しいマヌケでね」
「なぬっ!」
そこまで言って、一息入れる。政宗の物言いに、幸村は驚きの声を上げた。酷い言い様に、怒っているらしい。その隣では元親と毛利が笑っている。
抗議をしようと口を開いた幸村よりも、一瞬政宗の方が早かった。
「だが、やる時はきちんとやり遂げる男だってのは、このオレが太鼓判を押しとくぜ」
その言葉に、幸村は先ほど以上に驚いていた。そんな台詞が続くとは思っていなかったのだろう。
貶してから持ち上げる方が、その良さをさらに感じられる。そんな人間の心理を巧みに利用した話術である。
当の忠勝は顔色一つ変えないので、何を考えているのか分からない。分からないが、政宗としては言いたいことを言うだけだ。
「まぁ、仲人だから真田のオススメはするが、無理強いするつもりはねぇよ。アンタが望む居場所ってのがあるだろうからな」
ここからが政宗の本心だった。その言葉に、今度は家康が驚いていた。
幸村の馬鹿げた告白も、元親の阿呆らしい誘いも、毛利のふざけた勧誘も、忠勝の意志を全く考えていない。何事も大切なのは、本人がどうしたいのかいう意志である。
だから、と政宗は続けた。
「アンタはアンタの好きな居場所を選べば良いさ。Are you Ok?」
最後まで言い切って、政宗は忠勝に背を向けた。答えは聞くまでもない。
「か、かっこ良いじゃねーか、おめぇ」
家康が感嘆の声を上げる。見直した、と言わんばかりの褒めようだ。そう言われると、少しだけ気分が良い。coolさに磨きがかかったな、と政宗自身も満足している。
とりあえず、ここまで言えば忠勝も家康の元に残るだろう。それがこの騒動の一番良い終わり方だ。
しかし、そのままそこから離れようとした時、思いも寄らない台詞が政宗の耳に飛び込んで来たのだった。
「おめぇにだったら、忠勝を任せても良い気がするな」
「……え?」
今、この金色の小さい男はなんと言ったのか。政宗の脳は、一瞬理解することを拒んだ。
任せても良い。それが意味するところは、忠勝を政宗にやっても良いということである。そこまで思い至って、政宗は驚愕した。冗談ではない。
「おいおい、ちょっと待てー!人の話聞いてたか?別にオレは本多が欲しいワケじゃねーよ!」
家康の呟きに、政宗は焦りながら拒否する。そんな政宗の動揺など無視して、家康は隣に佇んでいる忠勝に話しかけている。政宗についていけなどと言っているようだ。忠勝は忠勝で、主の言葉には忠実に従うつもりらしい。
政宗の言葉は図らずも、徳川主従の心を掴んでしまった。なんとも皮肉的な結果となってしまった。忠勝を望んだ3人ではなく、全く望んでいなかった政宗に勝利の女神が微笑んだのだ。
あわあわと狼狽している政宗の隣に、慶次がスススと近づいてきた。そして、政宗の左手を掴んで高く掲げると、大きな声で叫んだ。
「んじゃ、決まりだな!勝者、奥州名物・伊達政宗えぇぇぇ!」
「おい、待てえぇぇぇ!」
空気を読まない慶次が、高らかに勝者を告げた。家康も満足そうに頷いている。ゆっくりと政宗に近付いてきた忠勝は、深々と頭を下げた。不束者ですが、宜しくお願い申し上げる。まるでそう言っているかのような挙動である。
思わぬ結果となって、幸村・元親・毛利の3人は茫然と立ち尽くしていた。彼らの間を、乾いた風が吹き抜ける。
「ふざけんな、前田!」
政宗は特に忠勝を必要とはしていないし、連れて帰るつもりもない。もし奥州に連れて行ったら、そこでまた新たな問題が紛糾するに違いない。主に小十郎との間で。
政宗は幸村に視線を向けた。納得いかないと幸村が言い出して駄々を捏ねれば、事態を振り出しに戻せるかもしれない。そうなれば、今度は家康も政宗に任せるなどとは言い出さないだろう。
しかし、幸村は全てを悟りきったような、そして諦めきったような表情をして、政宗に視線を返した。
「やはり政宗殿には敵いませぬな……くうぅ!この幸村!政宗殿を超えられるよう、男を磨いて参りますぞ!」
そう言うなり、幸村は走り出していた。恋に破れた青年は、傷付いた心の痛みを振り払うように、地平を駆け抜けていく。政宗が止める間もなく、その姿は地平の彼方へと消えていった。
一体、どうすれば良いのか。幸村がダメなら毛利しかいない。元親はこの結果に不満はないようなので、期待薄だ。毛利ならば、自分が負けたことを認めたくないはずだ。だから、再戦を要求してくるに違いない。
そう考えた政宗が毛利の方に近付いていくと、いきなり殴られた。相当立腹しているようだ。しかし政宗を一発殴ったことで気分が晴れたのか、それ以上は攻撃してくることはなかった。
「今回は我の負けを認めよう。しかし、ザビー様の愛の御力で次こそは必ず勝利してみせようぞ!」
あの毛利にしては珍しく物分かりが良い。己の不甲斐なさに腹を立てていたのだろう。しかしこういう時に、物分かりが良くなって欲しくはなかった。政宗はがくりと肩を落とす。
毛利はくるりと背を向けて、そのまま走り去っていってしまった。元親は使えない。こうなれば、いっそのこと家康に土下座してでも断るしかない。
忠勝と話している家康に向かって声をかけようと口を開きかけて、政宗はそのまま動きを止めた。
「忠勝、おめぇには色々と助けられたし、色々と世話になった。これからは伊達政宗のとこでその力を尽くすんだぞ!」
「……!!……」
目に涙を浮かべながら、家康は忠勝に別れの言葉を告げていた。声をかけようにもかけられない雰囲気である。この感動的な雰囲気をぶち壊すほど、政宗は空気の読めない人間ではない。
どうするべきかと逡巡していると、空気を読まない男・その2である元親が家康に明るく話しかけた。
「忠勝のお別れ会しよーぜ、家康!」
「勝負の後はやっぱ祝杯だよねぇ」
「酒はだめだが……うん、最後くらいは呑むぞ忠勝!」
元親が誘うと、慶次と家康は快く話に乗った。そして、早速酒盛りだと言いながら、城へと歩き始めてしまった。忠勝はその後をゆっくりとついていく。
忠勝を巡る三つ巴の争いは、奥州筆頭が漁夫の利ならぬ漁夫の害を得て、幕を閉じた。
一人取り残された政宗は、肩を震わせていた。何がどうしてこうなったのか。頭を抱えて、そのまま天を仰いだ。
「勘弁してくれえぇぇ!」
悲痛な叫びが、三河の空に木霊したのであった。
―終―
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