途中で道に迷ったり、二刀流の騒がしい青年に勝負を申し込まれたり、筋肉質な僧に肉体自慢をされたり、銀髪の変態に追い掛けられたりと紆余曲折はあったが、なんとか無事に三河へと辿り着くことが出来た。
「忠勝殿おぉぉぉ!」
幸村は既に一人で盛り上がっている。暑苦しさが五割ほど増しているようだ。隣で無意味に叫ばれると、耳が痛くなる。ウンザリした表情で、政宗は目的の人物を探し歩いていた。
目印はあの巨体だ。アレならすぐに見つかるだろうと楽観的に考えていたが、なかなか見つからない。しばらく進み続けると、その主と共にいるのを発見したのである。
忠勝を見て幸村は顔を綻ばせ、一目散に走り出す。それに気付いた徳川家康が声を掛けてきた。
「おぉ、なにしに来たんだ、おめーら?」
家康はキョトキョトと目をしばたたかせる。結構驚いているのだろう。幸村と政宗という異色の組み合わせが突然やって来たのだから、それも無理はない。
そんな家康に向かって、幸村は深々と一礼した。そして、ピシッと直立不動の体勢で口を開いたのである。
「と、徳川殿、その、なんというか、その、た、忠勝殿を、そ、それが、しに、く、く、く、くっ」
顔を真っ赤にしながら、幸村は途切れ途切れに言葉を発する。あの幸村でも、流石に照れるものらしい。
次第に目の焦点が合わなくなってきた。今にもグルグルと目を回しそうなほどである。これでは先が長いだろうな、と呆れながら眺めていると、突然幸村が政宗の方を向いた。
「く、く、く……政宗殿おぉぉぉ!」
「何故オレに振る!?」
唐突に名を呼ばれ、政宗は思わずコケそうになった。こんな所で話を振られるとは思ってもいなかったからである。
興奮しすぎたせいか、息を荒くして詰め寄ってくる幸村に、政宗はじりじりと後退った。普通に怖い。家康は奇妙な物を見る目でこちらを見ている。
「な、仲人……してくださると……いう約束は……」
「……しゃーねぇな」
不本意ではあったが、仲人をするためにここ三河まで来たのだ。この役目を果たさねば、無事に奥州へ帰ることはできない。
ハァと溜め息を吐いて、政宗は家康の前に立った。今度は一体何だ、と家康は身構える。
「このアホの真田はよ、本多忠勝欲しいからくれって言いたいだけ……」
「政宗殿おぉぉぉ!」
ズガシと幸村の頭突きが政宗の後頭部にキマる。何気に結構痛かった。おそらく、政宗の物言いに対する抗議なのだろう。
しどろもどろで言うよりも、物事は率直に言った方が良い。そう考えた政宗は、正直に伝えたつもりだった。それがこの幸村から抗議の攻撃を受けるとは。
後頭部を押さえて唸る政宗に、幸村は真剣な表情で訴える。
「ま、政宗殿!もっと某の良い所を強調してくだされ!」
「お前の良い所って、寒い時傍にいると暖かいとか、赤いからはぐれても見つけやすいとか、そんな感じか?」
嫌々仲人を引き受けたのだ。少しぐらい、からかってもバチは当たらないだろう。それに良い所を強調しろと言われても、すぐには思い付かない。常に一緒にいる忍ならば、すぐに答えられたかもしれないが。
そんなやる気の感じられない政宗の態度に、幸村は拳をグッと握り締めた。珍しく怒っているのだろうか。
「むぁ、むあさむねどぬぅおぉぉぉぉ!」
「Ah、なんだ?気にいらねぇか?」
「そんな感じでお頼み申すうぅぅぅ!」
「良いのかよ!?」
やっぱりコイツはどこかズレている。政宗は再びコケそうになった。常識的に考えて、あんな長所を紹介されるぐらいなら、何も言わない方がマシだと思う。
その時、政宗の仲人とは思えない発言を聞いて呆然としていた家康が、突然怒り始めた。
「なにぃっ!?忠勝が欲しいだとぉ!?」
反応がずいぶん遅いのは、理解するのに時間がかかったせいだろう。しかし、家康が怒るのも当然のことだ、と政宗は思う。自分の大切な家臣をくれと言われて、はいどうぞなどと快く言う武将などいない。
しかも、幸村の言う『欲しい』というのは、部下にするためという至極真っ当な理由とは正反対のものである。結婚したいという意味が含まれているとは、流石の家康も考えていないようだ。普通は考えつかないが。
家臣に欲しいと勘違いしたままの方が、家康にとって幸せなのだろう。真実を知れば、卒倒してしまうかもしれない。
ぷんすかと怒る家康は、ビシッと幸村に向かって人差し指を突き付けた。
「認めねぇ、断じて認めねぇ!」
「そうだぜ!忠勝は俺ンとこに来るんだからな!」
家康に続いて、聞こえてきた言葉に、幸村と政宗は驚きを隠せなかった。家康の遥か後方に、思いもかけない人物が立っていたのだから。
その人物――長曾我部元親は、豪快に笑いながら大股で近付いて来た。
「元親!おめぇ何言ってんだ!?ていうか、いつの間に来た!?」
「おぅ、家康!ちょっと忠勝貸してくれ!新しい兵器を作るのに、ちっとばかし参考にしてぇんだ」
「人の話を聞けー!」
新しい兵器を作るということは、また国を傾けるつもりなのか。懲りない男だと政宗は思う。元親にしてみれば、政宗は男の浪漫を解さない男ということになるのだろう。
そういえば、元親は以前も同じように忠勝を狙って家康を拉致し、返り討ちにあったらしい。風の噂に聞いたことがある。つくづく懲りない男だ、と政宗は呆れるしかなかった。
「な、何を言っておられるか!忠勝殿を貸せとは誠意の欠片も感じられませぬぞ!」
幸村は幸村で頓珍漢なことで憤慨している。意中の人物を貸す貸さないと、物のように扱う元親が許せないらしい。
全く、面倒なことになった。すぐに終わらせて奥州に帰るつもりだったのに、一波乱ありそうな雰囲気である。
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