「あの逞しい腕、そこから放たれる力強い拳……お館様を彷彿とさせるあの拳に某は、某はあぁぁぁぁ!」

殴り飛ばされた瞬間を思い出しているのか、幸村はニヤニヤと口を歪ませて笑う。ヤバい、コイツは純粋な変態だ。そう感じた政宗は、少し後ずさった。

殴られて運命を感じるなど正気の沙汰ではない。吹っ飛んだ拍子に頭を打って、どうにかなってしまったという可能性もある。いや、元からこんな感じだったろうか。呆れた表情で幸村を眺め、政宗は率直な感想を述べた。

「アンタ、結構crazyだったんだな」

「くれいじー?とにかく、某は忠勝殿の拳に惚れたのでござる!某は忠勝殿を人生の伴侶とし、あの拳と共に生きてゆきたいのでござる!」

拳を握り締めて力説する幸村に、政宗はなんと声を掛けて良いのか分からなかった。その思考の飛躍についていくことが出来ない。

何故に、殴られただけのことから結婚まで、一気にすっ飛ぶのか。その間の大事な過程が、すっぽりと抜かされている。しかも忠勝は男だ。男のはずである。結婚するとかしないとか、それ以前の問題だろう。

色々と考えているうちに、この男を常識で推し量ること自体が、間違っているような気分になってきた。

そもそも政宗としては、面倒なことに巻き込まれたくはない。幸村の面倒を逐一見ている保護者がいるので、政宗がやらなくとも彼に任せれば良いのだ。

その保護者がいるであろう方向を向いて、政宗は声を張り上げた。

「おい、そこにいる忍!出て来いよ!」

「あっちゃー、やっぱりバレてたかー」

若干棒読みなセリフを吐きながら出てきたのは、幸村に仕える忍の猿飛佐助。政宗と幸村の一騎討ちの際には、必ずどこかに隠れて様子を見ている人物である。

ひょいひょいと近付いてくる忍の姿を見て、政宗は眉間に皺を寄せた。相変わらずふざけた調子の男である。文句の一つも言いたいし、何より保護監督責任を問いたい。

「おい、お前コイツの保護者だろ?止めろよ」

「止められるもんなら、とっくに止めてるっつーの」

保護者であることは本人も認めているらしい。いや、否定することを諦めているだけかもしれないが。佐助の軽やかな職務放棄宣言に、政宗は眉間の皺を更に深くした。

とにかく政宗としては、こんな茶番劇に付き合うつもりはない。幸村と戦うためにここへ来たのに、相手に刃を交える気配が全くないどころか、頼みごとまでされる始末である。

幸村は本気で頼んでいるのだろうが、政宗にはその頼みを聞く義理もない。これ以上、ここにいる意味はなかった。

「ま、アンタらだけで頑張ってくれや。オレは帰るぜ」

ひらひらと手を振りながら政宗は踵を返した。背後で幸村が何か叫んでいるようだったが、とりあえず無視することにしたのである。

今日の目的であり、楽しみでもあった一騎討ちは、後日に延期せざるを得なかった。楽しみは後にとっておくのが良いという考え方もあるが、これまで伸ばし伸ばしになってきた決着を早くつけたいものである。ここはいっそ、無理やりにでも戦いに持ち込むか。

ゆっくりと歩きながらそんなことを考えていると、ひときわ感情のこもっていない声が耳に飛び込んできた。

「おぉっと、そうだー!今は奥州に帰んない方が良いよ」

「Ah、なんだって?」

思わせ振りな佐助の台詞に、政宗は思わず振り返った。奥州という単語に反応してしまったのだ。

奥州に帰らない方が良い。ということは、奥州で何かがあるということである。そして、自然発生的に何かが起きているというよりは、人為的に何かが引き起こされたという可能性が高い。

一瞬のうちに導き出されたのは、かなり恐ろしい予想であった。そして、そんな政宗の嫌な予感は的中したのである。

「実はね、片倉さんの育ててるネギ片っ端から引っこ抜いて、伊達政宗推参!って書いて放置してきちゃったんだよなあぁぁぁ」

「おおおおお前ー!?なんてコトしてんだああぁぁぁ!?」

野菜に異常な愛を注ぐ政宗の腹心・片倉小十郎。そんな小十郎のネギを引き抜いて落書きをするなど、自ら命を絶つにも等しい所業である。

引き抜いたネギに名前が書かれていれば、あの小十郎のこと。その名前の人物が犯人であると思い込んで、報復に及ぶだろう。たとえ、それが大事な主だとしても。

なんとも酷い濡れ衣だ。鬼神の如き様相の小十郎を想像し、政宗は全身を震わせた。背筋を冷たい汗が伝う。

「だからね、今帰ったら……」

「ここここ小十郎に殺される……!」

あわあわと顔面蒼白になって震える政宗を見て、佐助はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。政宗の狼狽を面白がっているようである。

「って、なんつーことすんだテメェは!?」

「というワケでさ、仲人して来てくんないかなぁ?時間経てばさ、片倉さんの怒りも収まるっしょ」

人差し指をピンと立てて、佐助はにこやかな笑みを浮かべた。先ほどの禍々しい笑顔とは、違う種類の怖さを感じさせる笑みである。

いわゆる脅迫というヤツか。佐助の言葉に、政宗は苦虫を噛み潰したような顔をする。奥州筆頭がこんな脅迫を受けるとは、coolでないにもほどがある。

「俺様疲れちゃったんだよねぇ。他にも仕事とか面倒なコトいっぱいあるしさ」

遠い目をして語る佐助は、人生に疲れ切った労働者のようであった。あの上司とさらにその上司の上司を相手にするのは、かなり大変なことなのだろう。無駄に暑苦しい上司2人と、なんだかんだで現実的な佐助は性質的に正反対である。そんな苦労人の忍に、少しだけ同情してしまった。

しかし、ふと先ほどの佐助の発言に、政宗は少し引っ掛かるものを感じた。他の仕事が面倒と言うなら、奥州で小十郎のネギを引き抜いてくる方が面倒ではないのだろうか。

「他にも仕事って、ネギ引っこ抜いて名前書く方が面倒だろーが!」

「まぁ、実は竜の旦那が困ってるのを見るのが楽しいなー、とか思っちゃったりして」

「どんな理由だあぁぁぁ!?」

佐助はあっさり本音を口にする。疲れた振りをして、思い切り人生を楽しんでいるのではないか。同情して損をした。

あぁぁ、と唸りながら政宗は両手で頭を抱えた。いつの間にか、このデコボコ主従のノリに巻き込まれてしまっている。

「じゃ、そゆことで頑張ってねー」

左手を上げて軽い挨拶をした佐助は、一瞬のうちに消えていた。流石は忍といったところだが、感心している場合ではない。

幸村と共に残された政宗は呆然と立ち尽くしていた。一体、どうしたら良いのか。途方もない虚脱感に襲われる。そんな政宗に、空気を全く読んでいない幸村が話しかけてきた。

「政宗殿!何卒お頼み申しまする!」

「……一緒に行ってやるが、一つだけ交換条件がある」

幸村の頼みに、政宗は疲れた声で答える。この如何ともし難い状況を打破するための、一筋の光明とも言うべき案を思い付いたのだ。

「何でござるか?」

「ネギに悪戯したの、お前んトコの忍だって小十郎に説明しろよ」

きちんと冤罪を晴らしてもらわなくては困る。今のままでは奥州に帰れない。帰る勇気がない。だから一緒に奥州に来てもらって、犯人である佐助の上司として真相を話してもらわなくてはならないのだ。

幸村は深く考えることなく、二つ返事で快諾した。自分が小十郎の元へ行き、きちんと事情を説明することに何ら疑問も抱いていないのだろう。

怒りに燃えているあの小十郎の元に、のこのこと真犯人の上司として赴けばその身に何が起こるか。政宗には簡単に想像がつく。

取り敢えず、仲人をするという任務を全うすれば良いのだ。仲人をした結果がどうなろうと、政宗には構わない。

「それでは早速、三河へ参りましょうぞ!」

「Let's goー……」

全くやる気のない声と共に、政宗は力なく拳を振り上げる。そして、自暴自棄といった様子で、幸村の後に続いていったのであった。



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