相も変わらず遅い。時間厳守という考えなど、あの男にはないのだろうか。約束と時間だけは、何があっても守らなくてはならない。そんな当たり前のことなど、幼児にも分かるはずである。それが分からないのならば、幼児以下ということになる。あの男は幼児以下ということか。

そんな悪態を心の中でつきながら、伊達政宗は苛立ちを紛らせていた。今日は真田幸村と一対一で戦う約束をした日。それがいつまで経っても、相手が来ないので政宗のイライラは最高潮に達していた。

これが綺麗な女性と待ち合わせているとかだったら、まだ許せる気がする。しかし、待ち人は暑苦しい騒がしい鬱陶しいという形容詞を冠する男なのだ。これほど腹の立つことはない。

立って待っているのも疲れて来たので、どこか茶店にでも入ろうか。その時に幸村が来たら来たで、待たせておけば良い。ひたすら待ち続けることの苦痛を、少しは味わってもらいたいぐらいだと政宗は思う。

しかし、あの熱血的馬鹿は相手がいないと知って、待たずに帰ってしまう可能性もある。その突飛な行動は、一般的な常識で推し量ることが出来ないのだ。これで決着をつける機会を逃すのは勘弁したい。

政宗は悩みに悩んだ挙句、律儀にこの場で待つ決意を固めたのである。普段、斜に構えた発言をしている割に、妙なところで生真面目な性分が出てしまうのだ。

しばらくぼんやりと立っていたが、立ちっぱなしは面倒なのでしゃがみ込んで相手を待つことにした。

それから少し経った後、遠方から砂煙が近付いてくるのが見えた。おそらくアレだろう。政宗に向かって、あんな走り方をしてやってくる人物などアレ以外いない。

「政宗殿おぉぉぉ!お待たせ致したあぁぁぁ!」

ズザザと走り込みながら、幸村は土下座をした。しかし、勢いが余り過ぎたのだろう。土下座をしたまま、しゃがんでいる政宗に突っ込んで来たのだ。

避難する間も、制止の声を上げる余裕もなく、政宗は幸村に思い切り吹き飛ばされた。そしてそのまま後頭部を強かに打ち付け、悶絶することとなった。

「テメェ……喧嘩売ってんのか?」

普段より数倍低い声を出しながら、政宗は頭を抱えて立ち上がった。ピクピクと頬を引きつらせている。その怒りは相当深いようだ。散々待たされた挙句、悪意がないとはいえ先制攻撃を受けたのだから、当然と言えば当然のことである。

そんな政宗に対し、加害者である幸村は普段と変わらぬ爽やかな笑顔で、ペコリと頭を下げた。

「おぉ、申し訳ない!」

こういう場合は、演技でもすまなさそうな表情をするものである。本当に申し訳ないと思っているのか、凄く怪しいところだ。

しかし、そんな些細なことでぐだぐだ言うのは、政宗自身の信条としているcoolさに欠ける。奥州を束ねる者として、それなりの器の広さを見せなければならない。

だから、口から出そうになった文句を飲み込んで、coolにキメた一言を続けた。

「随分と遅かったじゃねぇかぁ。何やってんどぅわっ!?」

「実は折り入って政宗殿にお頼みしたいことがありまする!」

――はずだったが、急に土下座した幸村に驚いて、思わず叫んでしまった。全く様にならないにも程がある。

しかし、幸村からの頼み事とは珍しい。珍しいだけに、面倒なことに巻き込まれるのではないかという不安がある。とりあえず話だけ聞いて嫌なら断れば良い。そう考えた政宗は、ひとまず詳しい話を幸村から聞き出すことにした。

そして、それが大きな間違いだったと後で気付くことになる。

「Ah、なんだよ頼みたいことって?」

「政宗殿に是非、仲人をやって頂きたいのでござる!」

「なこうどぉ?」

真田のあまりにも突然過ぎるビックリ発言に、この時政宗は非常に情けない顔をしていたのだった。





三つ巴ってアイウォンチュー!





どれぐらい経ったのだろうか。真田の言葉を理解するのに数秒、さらに理解してから頭の中で生じた疑問を咀嚼するのに数分掛かった。

「如何なされた、政宗殿?」

キョトンとした顔で幸村は尋ねた。どうしたと言いたいのはコッチだ、と政宗は思う。

本当に一体どうしたことなのか。あの幸村の口から仲人などという言葉が出るとは、明日は雹が降るかもしれない。もしかしたら、天変地異の前触れなのかもしれない。

「仲人って意味分かってんのか、アンタ?」

「無論!婚儀を上げる2人の仲を取り持つ者のことでござろう!」

「ほーう、勘違いしてるワケじゃねぇのか」

幸村は胸を張って堂々と答える。仲人というものを間違って理解しているわけではないようだ。だが、それはそれで問題でもある。あの幸村が仲人を頼むということが、紛れもない事実なのだから。

しかし、恋だの愛だのが絡む度に破廉恥と叫んでいた幸村が、仲人を頼むなど誰が想像していただろうか。こんな日が来るとは、まさか武田軍の者も考えていなかっただろうと政宗は思う。

――だから。

「で、相手はどんな感じなんだ?」

その相手に興味が湧かないわけがない。この熱血漢の心を奪った女性というのは、一体どんな人物なのか。野次馬根性丸出しで、政宗は尋ねた。

ことあるごとに破廉恥と叫ぶ幸村なので、質問に恥ずかしがって答えないのではないか。そんな予想が政宗の脳裏を掠めたが、幸村はそんな素振りも見せず、先ほどよりさらに意気揚々と答えたのである。

「相手は三河の本多忠勝殿でござる!」

「……はい?」

ほんだただかつ。ホンダタダカツ。本多忠勝。

発された言葉を政宗は何度も頭の中で反芻してみたが、いまいち理解出来ない。幸村が結婚したいと思っている女性と、本多忠勝という名前が結び付かないのだ。

もしかしたら政宗が知らないだけで、ホンダタダカツという名の美女でもいるのだろうか。それも三河限定で。

いやいやいや、それはない。政宗は頭を振って、考えを整理する。ミカワのホンダタダカツといえば、あの本多忠勝しかいないはずだ。しかし、幸村のことなので、あり得ない勘違いをしているという線もある。

少し狼狽した様子で、政宗は幸村に確認した。

「本多って、徳川んトコの馬鹿デケーのだろ?」

「そうでござる!」

否定することもなく、あっさりと幸村は認める。政宗は顎が外れかけるほど驚いた。仲人をするというのは、幸村とあの本多忠勝との仲を取り持つということである。何かの間違いなどではなく、幸村自身が忠勝であると認めているのだ。

一体、何がどうしてそんな決意をすることになったのか。忠勝の何が幸村の心を捕えたのか。政宗の頭に次々と疑問が浮かぶ。

「な、何がどういう経緯で、そんな茨道を進むことになったんだよ?」

「いばらみち?むうぅ、意味が分かりませぬが、某は忠勝殿と運命の出会いを果たしたのでござる!」

運命の出会い――そんな言葉で表現するほどの何かが、幸村と忠勝の間であったのだろう。少し想像してみると、かなり恐ろしい光景である。政宗はげっそりとした表情で、幸村の方を見た。

「今日、ここへ来る途中で某は忠勝殿と偶然出会ったのでござるよ」

深く追及したつもりはなかったのに、何故か幸村は洗いざらい話すつもりのようだ。幸村は遠い目をして語り続ける。

――政宗との戦いの地に向かって、幸村は駆け足で急いでいた。馬は連日の酷い乗り方のせいで、使えなくなっていたらしい。遅刻してはいけないと全速力で幸村は走っていた。街角を曲がろうとした瞬間、何かに思い切り殴られて吹っ飛んだのである。

何が起きたのか、もしや敵襲か。普通ならばそう思うはずである。しかし周知の如く、幸村は色々な意味で普通ではなかった。彼を殴り飛ばした拳に、心がときめいてしまったのだ。

殴り飛ばされて、幸村はしばらくぐったりと倒れていた。それに駆け寄って、というより水平移動して来たのが本多忠勝であった。ここで2人は運命の出会いを果たした――というのが幸村の談である。

ぼんやりと立ち尽くしている間に、忠勝はキュイーンと機械的な音を発して頭を下げ、そのまま移動して行ったのだという。追いかけることすら、その時の幸村は考えられなかったらしい。






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