そんなことをつらつらと考えていると、聞き覚えのあるハツラツとした声が政宗の耳に飛び込んできた。

「待たせたな!……と、何をしておられるのだ、政宗殿?」

本物の幸村がノコノコとやって来たのだ。両手に愛用の槍を持って駆け寄ってくるその姿は、まさしく本物の真田幸村である。

幸村の突然の登場に、政宗だけでなくザビー教団の面々も驚いていた。

「な、何故奴がいるのだ!?腐ったイカを食して寝込んでいるという手筈だったのに!」

幸村の姿をした毛利が狼狽える。あまりに動揺しすぎて、策を自ら暴露している。全くろくでもない策だな、と政宗は思うしかなかった。

毛利の計画としては、幸村のところに腐ったイカを送って、それを食べた幸村が寝込んでいる隙に政宗と戦って、ザビー教に入信させるということらしい。食い意地の張っている幸村は、腐ったイカであろうと必ず食べると予想していたに違いない。

毛利の計画に気付いたのか、あの甲斐甲斐しい忍に止められたのか、幸村は腐ったイカを食べなかったようだ。いやもしかしたら、食べたには食べたが、彼は毛利の策をも超える頑丈な胃袋を持っていたのかもしれない。幸村ならば後者もあり得る気がする。

当の幸村は普段と変わらぬ様子で、政宗たちの方を見て目を丸くしていた。

「お、お館さむわあぁぁぁ!?何ゆえここに!」

「お前が騙されてどーすんだ!?ソイツは違う、偽者だ!」

あろうことか、幸村はザビーを武田信玄と信じてしまったようだ。愕然とした表情で叫ぶ幸村に、政宗は思わず突っ込んでしまった。

心の底から敬愛している人物を、そう簡単に間違えて良いのだろうか。普段からどうやって人物の判別をしているのか、気になるところである。

「むむむ、某がいる?さ、佐助まで!」

「いや、そいつらは偽者だよ、旦那!」

本物の佐助が軽やかな身のこなしで現れた。やはり本物の忍は動きからして違うようだ。

佐助の言葉に、幸村はまじまじと偽物たちを見た。そして、なんと!と大声を上げた。ようやく気付いたようだ。

しかし本物の幸村が来たので、政宗の目的を果たすことも出来るようになった。とりあえず偽物どもは無視して、戦いの準備に入ろうとしていると、あり得ない一言が聞こえてきた。

「で、そっちの伊達政宗も偽者だね」

「……は?」

佐助が政宗を指差して言った言葉である。一体何がどうしてそのような発言が出てきたのか、政宗には理解出来ない。

政宗は抗議の声を上げようとしたが、その前に佐助が口を開いた。

「だから帰ろ、旦那。ここには偽者しかいないよ」

その一言で、佐助の思惑がなんとなく分かった。ただ単に、面倒くさがっているだけなのだ。

佐助としては、政宗との一騎討ちの度に毎回毎回幸村の世話をしなくてはならない。給料以上に働いてる、と佐助がボヤいていたと聞いたこともある。

面倒な仕事はさっさと終わらせて帰りたい。そんな理由から、この状況を上手く利用しようと考えているのだろう。偽物の政宗と戦っても意味はないと幸村が思えば、何事もなくすんなりと帰ることも可能である。

しかし、佐助の目的はそれだけではなかった。政宗に対するちょっとしたからかいもあるのだ。そんな理由があるなど政宗は知らない様子で、佐助を睨み付けている。

その時、ようやく騒ぎに気付いた小十郎が、駆け足で向かってきた。

「一体なにごとです、政宗さま?」

なにごと、と聞かれても政宗にはどう答えて良いか分からない。今この状況を言葉で説明するのはかなり難しいのだ。

偽物が出た、と簡単に話を済ませるために政宗が口を開きかけた時、幸村が頭を掻きむしりながら叫んだ。

「むうぅ、何故政宗殿が偽者だと分かるのだ、佐助!?俺にはさっぱり分からあぁぁん!」

「偽物だと!?」

幸村の言葉を聞いて、小十郎が声を張り上げた。さらにややこしい事態になりそうな雰囲気である。しかし、今まで離れた場所から主を見守っていたはずのに、偽物だという言葉に騙されるのもおかしい。

小十郎の登場に驚いた様子も見せず、佐助はいつものやや胡散臭い笑みを浮かべた。

「そ、偽物なの。兜の三日月がいつもと違うでしょ。角度とか大きさとか輝きとか」

若干投げやりな口調で、いい加減にも程があることを言う。しかも、普段から観察をしていないと、兜の三日月部分の違いなど分かるはずもない。

こんな適当過ぎる説明で納得する者などいないだろう――そんな政宗の一般的だと思われる常識も、ここにいる連中には通用しなかった。

「おぉ!そう言われるとそんな気もするな」

「おまはん偽者だったと!?」

唸る幸村に続いて、島津も目を見開いて驚いている。言葉に出さずとも、毛利も衝撃を受けているようだ。ザビーはニヤニヤと笑っていて、何を考えているのか分からない。

こいつらは、一体どういう脳味噌をしているのか。流石に小十郎はこんな冗談みたいな嘘に騙されないだろう――そんな政宗の希望にも近い予想は、あっさりと外れてしまった。

「まさか、さっき俺が野菜に水をやったか思い出そうと、一瞬気を逸らしていた隙に入れ替わったのか!?」

「お前は一体なにしてんだよ!?てか、お前が一番騙されちゃマズイだろ!」

政宗は思わず頭を抱えたくなった。腹心の小十郎からしてこのザマでは、どうしようもない。しかも、また野菜絡みである。

佐助の嘘から、いまやこの場にいる者すべてが政宗を偽物だと思い始めている。幸村たちの偽物が現れたと思ったら、何故か自分が偽物扱いされる羽目になるとは、全く冗談ではない。

「あーのーなー!オレは本物だ!本物の伊達政宗だ!」

「またまたー。そんな風に誤魔化したってダメだよ。さっさと帰ろ、旦那」

幸村の袖をちょいちょいと引っ張って、佐助は帰ろうと促す。

「待て、猿飛。この男が本物の政宗さまならば、俺が育てているゴボウたちの愛称を全て言えるはずだ」

「言えねぇよ!普通に知らねぇよ!nick nameつけてたことから驚きだよ!」

小十郎のとんでもない発言に、政宗は声を張り上げて突っ込んでしまった。本人は真顔で言っているので、冗談の類いではない。冗談でないのなら、余計に質が悪いが。

精神的に疲弊して肩を落とした政宗の前に、ピラリと一枚の紙が差し出された。

「本物のドクガンリューなら、迷わず今すぐザビー教に入信するはずデース!」

「どさくさに紛れてなに言ってんだ、テメェは!?」

入信申込と書かれた書状を、ザビーが政宗に突き付けたのだ。本物だったらザビー教に入信するなど、全く根拠の分からない発言である。本物だろうが、偽物だろうが、入信したいとは微塵も思わない。

ザビーの入信申込状攻撃を右に左にかわしていた政宗は、背後に人の気配を感じて振り向いた。

「本物の政宗殿なら、某の渾身の一撃を避けられるはず!」

wait、と言う間もなく、政宗は槍の柄で強かに頭を殴られた。まさかこの状態からいきなり攻撃をされるとは思っておらず、全くもって油断していた。

苦悶に満ちた声を出しながらしゃがみ込む政宗を、一同はぐるりと囲んで眺めている。哀れみの視線を向ける者から、落胆の視線を向ける者まで様々だ。

「アナタ、ホンモノのニセモノだったのデスネ!ニセモノに用はありましぇーん!帰るヨ、サンデーさんにチェストさん」

「はっ、仰せのままにお館さ……ザビー様!」

偽物の伊達政宗を入信させる意味はないと、ザビー教ご一行は潔く撤退し始めた。また新たな標的、もとい信者を求めて、彼らは東奔西走するのだろう。

諸悪の根源が立ち去り、ひとまず安堵している政宗の耳に、小十郎の悔しそうな声が聞こえてきた。

「本物の政宗さまはどこだ!?まさか、また松永の野郎が……」

「片倉殿、某も加勢致しますぞ!」

刀を片手に走り出した小十郎の後を、幸村が追う。こうして、俄かに結成された伊達政宗救助隊は、この場所以外にいるはずもない本物の政宗を探して旅立っていった。

一体何がどうして、こうなったのか。理解の範疇を超えた事態に、政宗はひきつった笑いしか出なかった。

「……おい、どうしてくれんだ、この状況」

「まさか、こんなことになるとはねぇ」

あはは、と笑いながら佐助は答えた。目が少し泳いでいるのは、気のせいではない。あの小十郎まで騙してしまったおかげで、早く帰りたいという佐助の望み通りにはいかなかったのだから。

まぁ頑張ってね、というように片手を上げて、佐助は霧のように姿を消した。幸村の後を追うのだろう。一人残された政宗は、ただただ呆然と立ち尽くしていた。



その後、政宗は自分が本物の伊達政宗であると証明するために、半分泣きながら小十郎のゴボウの愛称を調べる羽目になったのである。



―終―


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