口の端を上げて、佐助は笑った。先ほど伊達の手伝いの申し出は断ったが、人手が必要と言えば必要なのだ。からかうのもこれぐらいにして、機嫌を大いに損ねない内に手伝ってもらった方が良いだろう。

「ま、そこまで言うんだったら手伝ってもらおうかな」

「OK!」

佐助のそのひと言で、伊達はニヤリといつもの意地の悪そうな笑顔に戻った。そこまでして餅をつきたいのか、と不思議に思えてくる。

おそらく野菜地獄が待ち受けているので、すぐに奥州に戻るわけにもいかず、暇つぶし且つ戻らない言い訳になるものを探しているのだろう。そう思うと、流石に佐助も同情を禁じ得なかった。

臼に立てかけてあった杵の柄を握り、伊達は機嫌よさそうに大きく振り上げる。

「オレの杵さばき、よーく見ておけよ」

佐助を指差して、伊達は決め台詞のような言葉を吐いた。どうしてこの兄ちゃんはいつでもどこでもキメようとするかね、と佐助は笑いそうになる口を歪ませながら思っていた。

杵を構えた伊達はおもむろに餅をつき始めた。思っていたより良い動きをしている。その調子に合わせて、佐助は餅をこねる。なかなか息が合っているようだ。

その途中で、ガスッという鈍い音が響いた。それと同時に、佐助の右手に激痛が走る。思わず涙を目に浮かべて手を押さえた。

餅ではなく、佐助の手を杵でつかれてしまったらしい。ううぅ、と涙目になって佐助は伊達を睨みつけた。

「わ、悪ぃ。ワザとじゃねぇんだが……」

慌てたように伊達が佐助に謝る。しかしすぐにいつもの笑みを浮かべて、こう告げたのだ。

「Ah、もしかしてテメェの動きが鈍いんじゃねーか?」

「そっかああぁ、そうかもねえぇぇ」

先ほどの表情から一変して、満面の笑みを湛えて佐助は伊達に返した。額あてに隠れて見えないが、こめかみの辺りがビキビキと浮いてきている。

伊達から一撃をくらった右手を擦りながら、佐助は立ちあがった。

「おっと、そうだ。そろそろ交代しない?疲れたっしょ、今度は俺様が餅つくよん」

「お、OK!オレの手さばき、よーく見とけよ!」

普段と同じような軽い調子の佐助の言葉に、気を取り直したように自信に満ちた口調で答えた。思っていたよりも佐助が気にしていないのだと感じているらしく、少し安堵したような表情である。

伊達から杵を受け取り、佐助は臼の前で構える。伊達は片膝をついて臼の前で両手を構えていた。佐助は満面の笑みを浮かべて、杵を振り上げた。

「せえぇのおぉぉ!」

「ぐはあぁぁあ!?」

佐助が手にした杵は、伊達の頭上めがけて振り下ろされた。ごめしゃっ、と鈍い音が響く。伊達の頭が勢いよく雪にめり込んだ。

先ほどの伊達の一撃に対する仕返しであるが、少しやりすぎたかもしれない。雪に埋もれてピクリとも動かない伊達を見て佐助はぽりぽりと頬を掻いた。

しばらくして、伊達の手がぴくりと動いた。それを見た佐助は、わざとらしいほど明るい声を出したのである。

「ごっめーん、手が滑っちゃったー」

「……HAHAHAHAHA!」

もっそりと雪にまみれた顔を上げ、伊達は緩慢な動きで立ち上がった。口の端を震わせながら余裕のある笑い声を上げているが、目が全然笑っていない。

相当腹を立てているのだろう。しかし、その怒りを直接的に表わすのはcoolでないと思っているのか、佐助に突っ込まれる隙を与えたくないのか、必死に気にしていない風を装うとしている。

思い切り強打された頭を押さえて、伊達は佐助の方に右手を差し出した。

「Hey、猿飛。今度はオレがつく番な」

ビキビキとこめかみをひきつらせながら、伊達が言う。ここでその申し出を断れば、伊達からの復讐を恐れていると思われるかもしれない。この男に小心者だと思われるのは、何となく負けたようで癪である。

了解ー、とひと言述べて、佐助は伊達に杵を手渡した。お互いに胡散臭いほどにこやかな笑みを浮かべてはいるが、内心で火花を散らし合っているという状況である。嫌い同士な上に互いに負けず嫌いとくれば、引き際などないも同然だった。

ぴりぴりと張り詰めた空気を纏わせた伊達は、臼に杵を置いて佐助が準備するのを待っていた。佐助が臼の前にしゃがみ込むと、おもむろに餅をペタンペタンと普通につき始めたのである。普段通りの所作で、伊達は臼の中の餅に杵を打ちつけていた。

しかし、油断はならない。杵がいつ飛んできても良いように、佐助は警戒しながら餅をこねた。杵を握る伊達の手に、一瞬でも違和感を感じたら即反応が出来るようにしておかなくてはならない。

餅をこねながらも、佐助は伊達の腕に注目していた。その時、突然ドカッという音が聞こえた。それと同時に、臼が蹴り飛ばされたのだ。不覚だった。ここで臼が来るとは思ってもいなかった。

臼が佐助に直撃した途端、伊達の腕が動いた。杵を大きく振り上げたのだ。くる――そう直感で悟った佐助は、身を捻って臼を蹴り返した。その拍子に、中身の餅が飛び出そうになった。

幸村や信玄が楽しみにしているであろう餅を、ここで台無しにするわけにはいかない。妙な責任感に駆られた佐助は慌てて餅を鷲掴みにする。その瞬間、杵が佐助に向かって勢いよく振り下ろされた。

僅かの差で、佐助は伊達の渾身の一撃を避けた。しかし、そのはずみで佐助の手の中から餅が飛び出し、伊達の顔面にべちゃっと貼りついてしまったのである。

「うべっ!?」

思わぬ反撃に伊達は杵を放り出し、慌てふためきながら顔から餅を剥がそうとした。思ってもいない結果になり、佐助自身も驚いている。瓢箪から駒と言っても良い事態に少々拍子抜けしながらも、佐助はフッと笑って取り乱している伊達を手伝おうと近付いていった。

その時、ゴッという激しい音と共に、頭頂部に衝撃を受けた。そのまま雪に顔を埋めそうな勢いで、前のめってしまった。

「何をしておるかあぁぁ!」

信玄の怒声が頭上で響いた。信玄に拳骨を食らったのだ。佐助だけでなく、ちょうど隣に立っていた伊達も同様に殴られたらしく、再び雪に顔を埋もれせている。

痛みで涙目になりながら、佐助は立ちあがった。殴り合いに飽きたのか、決着がついたのか、信玄と幸村が戻って来ていたのだ。

「食べ物で遊ぶとはなんたることか!」

ボコボコに顔を腫らした幸村が批難する。その酷い顔のせいで、あまり様にはなっていない。隣で腕組みをしていた信玄が、幸村の言葉に頷いている。

要するに、餅で遊んでいるように見えたので、鉄拳制裁が加えられたのだろう。武田軍はそういうところは厳しいのである。

実際は餅で遊んでいたわけではない。2人の喧嘩の中で、不可避的に餅を巻き込んでしまっただけなのだが、それを説明するのは面倒だし、説明しても理解してくれるか分からない。

「大将、旦那、すんません……」

ぺこりと佐助は頭を下げた。ここはひとつ、素直に謝っておくべきだ。納得いかないという気持ちもあるが、下手に事態をややこしくするのは避けたかった。それに2人が中断してしまった餅つきを、喧嘩の道具にしたのは事実である。

頭を下げた佐助を見て、信玄は納得するように再び頷いていた。そんなやり取りをしていると、雪の中に頭を埋めていた伊達がゆっくり立ち上がった。雪と餅にまみれて、男前が台無しである。

顔をぬぐいながら、伊達は信玄と幸村を睨みつけた。そして、2人に反論しようとした時、信玄がしかめつらしく口を開いた。

「2人とも上の服を脱げえぇぇい!」

信玄の迫力とその思いがけない言葉に、佐助と伊達は情けない表情をして互いに顔を見合わせた。突然一体何を言い出すのか、そして何をしようというのか。伊達の信玄に対する反論も、今のひと言で吹っ飛んでしまったらしい。

「餅で遊んだ仕置きに、武田流餅つきの極意を叩きこんでやろう!」

有無を言わせない雰囲気でにじり寄ってくる信玄に、佐助と伊達は思わず後ずさってしまった。信玄や幸村と同じように、上半身裸で餅つきをさせようとしているのだ。それは勘弁願いたかったが、断れる状況ではない。

佐助が引きつった笑みを浮かべていると、伊達が慌てて踵を返した。この場から逃走を図ろうとしたのだ。しかし、走り出した伊達の肩を幸村がガシリと掴んだのである。

伊達は動きを止めて、ギギギと首を動かして振り向いた。その先にあった期待に満ちた瞳に、oh…と伊達はひと言呟いた。逃げられないと観念したのか、伊達はがっくりと肩を落としたのであった。

佐助も伊達もこの場から逃げることはできない。佐助の方を見て、やるか、と伊達は力なく声を掛けた。佐助も力なく頷く。

2人は半ば自棄になりながら、服を脱ぎ始めた。その姿が漢らしく見えたようで、頼もしいといった様子で信玄と幸村は2人を眺めていた。

上の服を脱ぎ終え、伊達は杵を持ち、佐助は臼の前に片膝をついた。信玄が腰に手を当て、大きく叫んだ。

「餅つきの極意とは、己が魂を一撃に込めることじゃあぁぁ!」

その声と同時に、2人は餅つきを始めた。寒い。尋常でなく寒い。上半身に何も纏っていない状態なのだから当然である。

やぶれかぶれとでもいうように、伊達はバスンバスンと餅をつく。佐助は半笑いを浮かべながら餅をこねていた。その周りでは、幸村が伊達と佐助を熱く激励している。半裸の餅つき大会は、ある意味で盛況となっていた。

傍から見れば、頭のイカれた男たちによる異様な、いや、猟奇的と言ってもよいであろう光景が、青空の下で繰り広げられているのだ。そんな自分の姿を想像して、佐助は心の中で涙したのである。



その後、風邪をひいて寝込んだ伊達がさらなる片倉の野菜地獄に陥っているという噂を聞き、ざまぁと佐助は一人ほくそ笑んでいた――伊達と同じく、風邪をひいて寝込んだ状態で。



―終―


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