目の前に広がる真っ白な雪景色。頭の上には、真っ青な空。太陽の光が雪に反射して、きらきらと眩しく輝いていた。年が明け、今年初めての日に、今年初めての雪が降ったのだ。

冬だねぇ、とこの光景を見る度に感慨深く思う。寒いのは苦手だが、雪は嫌いではない。雪が降ると、世界がどことなく変わったように見えるからである。地上が白に埋め尽くされ、穢れが消えた気分になるのかもしれない。

そんな景色の中に一区画、異次元空間を形成している場所があった。明らかに異様で、周りの世界からは浮いた空間。それを眺めて、佐助は盛大に溜め息を吐いた。



餅と泪と男と漢



積もった雪の上に、堂々と置かれた臼。雪に刺さった杵。傍に立つ半裸の男2名――言うまでもなく、佐助の上司とその主である。一体何事かと問われれば一言、餅つきと答えるしかない。本当に只の餅つきなのだ。おかしいのは、場所とその格好なだけで。

事の起こりは、信玄の何気ない一言であった。冬に心身を鍛えるために乾布摩擦をしたり、滝に打たれたりというのはよくあるが、それだけでは足りぬ、と。ここは一つ、正月らしい修行をせぬか、と。そこで発案されたのが、この雪中餅つき大会である。大会と言っても、参加者は3名しかいない。佐助は例に漏れず、強制参加となった。

杵を持った信玄と、臼の前で両手を構える幸村。2人して、上半身裸という奇異な格好をしている。見ているだけで寒い。寒さが苦手な佐助は、忍びであるにも関わらず半纏などをガチガチに着込んでの参戦である。

「いくぞ、ゆきむるぁああぁぁ!」

「ぅうおやかたさむわああぁぁぁ!」

新年早々、2人して元気で騒がしい。相変わらずの掛け声と共に、ぺったんぺったんと勢いよく餅つきが始まった。信玄が豪快に笑いながら餅をつく。幸村が頃合いを見計らって素早く餅をこねる。大体息の合っている2人だが、時々幸村の手が餅代わりにつかれていたりする。ついて、ついて、つかれて、ついて、という具合で餅つき大会は進んでいた。

俺様、なんでこんなとこにいるんだろ。息を白くさせながら、佐助は一言呟いた。餅つきはこの2人がやるのだから、自分の出番などないはずである。やれることと言えば、ただ見守るぐらいしかない。あとは、大将旦那頑張ってー、と応援するぐらいだが、自分がそんなことをしても気持ち悪いだけだと思う。

ふと気付くと、ぺったんぺったんという餅をつく音が、いつの間にかどっかんどっかんという音に変わっていた。流石は武田軍の餅つきである、としか言いようがない。臼に収まっている餅は、餅と呼んでも良いような形状を保っているだろうか。

着込んだ半纏から温かさが逃げないようにギュッと前を締めて、佐助はぼんやりと2人の餅つきっぷりを眺めていた。ずっと同じことをしていて飽きたのか、信玄と幸村が役割を交代するようだ。杵を持ち興奮する幸村に、鋭い目つきで臼の中の餅を睨む信玄。先ほどと同じような掛け声を合図に、激しい餅つき大会が再開された。

餅をつき終わるまで、いや2人の気が済むまでは付き合わなくてはならない。目を離すととんでもない事態になっていることがあり、後からその解決に奔走する羽目になるのだ。暴走しそうになったら止める必要がある。

「ゆきむるぁああぁぁぁぁ!」

「ぶへあっ!?」

餅をついていた上司が、突然後方へ吹っ飛んでいった。幸村がいた場所に、拳を握り締めた信玄が立っている。信玄に思い切り殴り飛ばされたのらしい。いきなり何があったのか。

雪の上をごろごろと後転していく幸村に、信玄は大声で餅つきの極意を語り始めた。

「ゆきむるぁああ!ただ餅をつけば良いというものではないぞ!魂を込めてつけえぇぇい!」

「お、おやかたさむわあぁ……!」

後転を止め膝立ちをする幸村は、信玄の言葉を聞いて感動に打ち震え始めた。何故それで感動出来るのか、佐助にはどうにも理解出来ない。

そして、いつもの光景が始まった。

己に向かって駆けていく幸村を、信玄は再び思い切り殴り飛ばす。遠くへと吹っ飛ばされながらもほとんど無傷の幸村は、再度尊敬して止まない信玄へと立ち向かう。殴って、殴られ、飛ばされ、走って、という一連の流れが続く。餅のことなど2人ともすっかり忘れ去ってしまったようだ。

あぁぁ、と大きく伸びをして、佐助は放置されたままの臼を覗き込んだ。幸運なことに、餅はまだ餅と呼んで良い形状を保っている。しかし、これはどうすれば良いのだろう。このままでは固くなってしまうに違いない。

仕方がないなぁ。そうボヤきながら、佐助は杵を持ってペタペタと餅をつき始めた。2人の熱い餅つき大会から、一人ぼっちの寂しい餅つき大会へと移ったのであった。

数回杵で餅をついた後、素早く移動してこねる。そんな忙しない動作を、佐助は一人黙々と続けていた。しばらく経つと、少しだけ疲れを感じ出した。一人では面倒な作業である。分身でも出すか。そう考えはしたが、同じ顔した人間が協力して餅つきをしている光景は気味の悪いものがある。

その時、佐助の背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。元旦というめでたい日に、正直あまり聞きたくない声であった。

「Yeah, happy new year!」

「はっぴ、にゅ……なんだって?これが法被に見えるわけ?」

佐助が心底うんざりした声音で答えると、声の主――奥州の伊達政宗はニヤニヤした笑みを浮かべて近付いてきた。半纏を法被に見間違えるほどアホではないと思うので、おそらく新年の挨拶だろうと思うが、まともに相手にするのが面倒なので佐助は適当な言葉を返したのだ。

新年早々、奥州の主が何故はるばる甲斐の地までやってきているのか。色々と忙しい身なのではないのだろうか。様々な疑問が佐助の脳裏にフツフツと浮かぶ。

「年明けだからって、テメェんとこはおめでたいにも程があるな」

遠くで殴り合いをしている佐助の上司たちを見て、そして佐助の近くにある杵と臼を見て、伊達は呆れ気味に呟いた。確かにその通りと言えばその通りで、反論の余地はないと佐助も思う。しかし、この男に言われると無意識にムカッとくる。

半眼で睨みながら、わざとらしい口調で佐助が問う。

「新年早々、一体何の用なワケ?片倉さんの野菜生活に飽きたってトコ?」

「なっ、ばっ、バカ野郎!そんなんじゃねぇよ!」

佐助の推理は図星だったようである。慌てて否定するのが余計に怪しい。いくら自分の流儀や信念を曲げない男とはいえ、新年明けてすぐの日に好敵手との勝負に来るというのも考えにくい。となれば、考えられるのは彼の従者である片倉小十郎の野菜絡みぐらいである。

coolを気取っている身としては、野菜が嫌で遁走してきたなどというのはあまりに締まらない。だから、図星をさされて焦ったのだろう。少し咳き込みながら、伊達は慌てて話題を変えた。

「そ、それよりも、大変そうじゃねーか、餅つき」

「言いだしっぺがあの通りなんで」

どたばたと忙しく動き回って殴り合っている上司たちに視線を向け、佐助は呟いた。日常茶飯事なので行動自体を特にどうこう思うこともないが、ついてた餅を放棄するのは勘弁願いたかった。毎度のことながら損な役回りだ、とぼやきたくもなる。

ぼんやりと上司たちを眺めていたら、Ha、という先ほどの狼狽えぶりもどこへやらといった伊達の声が聞こえてきた。そして、伊達は親指を自分に向けて自信満々といった態度で佐助に協力を申し出たのである。

「ならオレが手伝ってやろうか?」

「全力で遠慮させていただきます」

伊達の申し出を、佐助はすかさず謝絶した。間髪入れないそのお断りを一瞬で理解できなかったのか、伊達は笑みを浮かべたまま固まっている。しばらく経ってからその真意を把握できたらしく、頬を引きつらせた。

「んだよ、このオレが親切で言ってやってんだぜ?」

「だから、怖いんだよねぇ。雪どころか槍が降りそうでさ」

綺麗に晴れた空を仰いで、佐助はしみじみと言った。あの独眼竜が自ら手伝いを、しかも餅つきという全くcoolの欠片も感じられない行為の手伝いを申し出るなど天変地異の前触れかと、佐助は本気で思うのだ。

そんな佐助の発言を嫌味と感じたのか、伊達はさらに頬をぴきぴきと引きつらせる。

「テメェ、オレのこと嫌いだろ」

「ご明察ぅ。新年早々冴えてるね、竜の旦那」

険悪な雰囲気ながらもキレたら負けだと思っているのか、伊達は引きつった笑みを浮かべている。佐助はそんな伊達を茶化すように、そして本音を交えながら空々しい物言いで返した。

実のところ、佐助は伊達のことが嫌いである。実のところも何も、そういう雰囲気を発しながらこれまで接してきたので、当然気付いていたに違いない。

ただ嫌いながらも、佐助は伊達の実力を認めている。一国の主としての重責を背負いながら、その辛さや苦しさをおくびにも出さない姿勢は立派なものだと感じているのも事実だ。自らが堂々と先陣を切り、軍を率いて戦いに向かう姿も、彼だからこそできるものである。

そんな伊達の姿勢を認めてはいるものの、佐助はその態度が気に入らない。自身のもう1つの面を隠している者同士として、同族嫌悪のようなものを感じているのだろう。

「オレもテメェのことは嫌いだ、バーカ」

伊達は子供のように舌を出して、不機嫌そうに告げる。伊達が自分を嫌っているのは何となく感じていた。ただこの行動からは、悔し紛れの仕返しが半分とからかいが半分というようにしか見えない。

ここで逆に好きだと言われても佐助としては困るところなので、こういう返しがきて妙に楽しさを感じてしまった。嫌い合っているなら嫌い合っているで、気を使う必要はないので楽なものである。


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