必死で逃げる梵天丸を、小十郎は追い掛ける。子供と大人では、やはり歩幅の差が大きい。しばらく走ると、手を伸ばせば梵天丸の背に届きそうな距離まで近付いていた。

小十郎が手を伸ばして、梵天丸の肩を掴もうとした、その時。

「うわっ!」

梵天丸が何かに躓いて、思い切り転んでしまった。それには流石の小十郎も驚いた。

べちゃっと地面に真正面から倒れ込んだ梵天丸に、小十郎は慌てて駆け寄る。

「大丈夫ですか、梵天丸様!」

そう言ってゆっくりと起きあがらせると、梵天丸は顔を小十郎の方に向けて、じっと見つめ始めた。先ほどまで剥き出しだった警戒心が少し薄らいだようだ。

丸い目をさらに大きく見開いて、梵天丸は小さな声で尋ねた。

「小十郎?」

「はっ……はははははー」

はい、と小十郎はつい答えそうになったが、素早く笑って誤魔化した。

ここで自分が小十郎であると答えるのは拙い。この時代に生きている自分と鉢合わせするかもしれないという危険性もあるのだ。もしそうなった時、何が起こるのか想像もつかない。

そのような危険を増大させることは避けるのが賢明だろう。そう考えた小十郎は、名を偽ることにした。

「お、俺は小十郎という名ではない」

「……小十郎じゃないのか」

残念そうに呟く幼い主を見て、小十郎は何故か罪悪感に駆られる。決して、悪いことをしているわけではない。だが、寂しそうな梵天丸の呟きに、何故か悪いことをしているような気分になる。

過去の自分が何をしているのか、他人を装って小十郎は尋ねた。

「その小十郎という男はどこにいるんだ?」

「なんか探し物があるって、どっか行ってる」

あまり感情の起伏が感じられない話し方である。小十郎の記憶にある昔の政宗は、感情をあまり表に出さない少年だった。小十郎に対しても喜怒哀楽をほとんど見せていなかった記憶がある。

しかし、探し物とは何なのか。過去の自分が何を探しに行っているのか、小十郎は記憶の糸を手繰る。そして思い出した。

この頃の自分は方々を回って珍しいもの、変わったもの、面白いものなどこの幼い主が興味を持って喜んでくれるようなものを探し歩いていたのだ。

珍しいものや心の琴線に触れるものがあれば、塞ぎがちな気も晴れるに違いない。そして少しでも心を開いてくれるようになればと小十郎は思っていた。

色々な人から見聞きして、自ら歩いて探して、様々なものを持って帰ってきたが、結局そんなものは必要なかった。一番大切なのは、傍にいるということだと、小十郎はもう少し後の時期に気付くこととなる。

それに気付いたきっかけは、主からある頼み事をされたことであった。それまで何事にも感心を持たず、塞ぎがちだった梵天丸が小十郎に頼んだ一言。この一言が、小十郎の考えを、そして人生を変えることとなった。

小十郎がそんな懐かしい思い出に浸っていると、現実に引き戻す声が聞こえた。

「それよりお前は何者なんだ」

梵天丸は警戒心を露わにしている。それは当然だ。見ず知らずの、それも強面の男が追い掛けてきたら、何事かと思うだろう。

答えによってはさらに警戒心を煽ることになる。折角、この八方塞がりな状況を打破出来るかもしれない希望が見えてきたのに、それをみすみす逃してしまうわけにはいかない。

せめて普通に話が出来るぐらいには警戒を解いてもらわなくてはならない。ならば、怪しくない、且つ子供が興味を持つような自己紹介をする必要がある。

自分が子供だったら、どんなものに心惹かれたか。小十郎は心の中で唸りながら思案する。

思えば、子供というのは人知を超えた存在に興味を持つ。八百万の神々然り、幽霊然り、妖怪然り。身近にいる人間という存在以外に、目に見えない存在に畏怖と憧れを覚えるのだ。そういった類いのものを使うのが良いかもしれない。

そして、自分が名乗っても不自然さを感じない素性。片手にはゴボウがある。野菜ならば子供にも好かれるだろうと思って持ってきた。これを使わない手はない。

小十郎は手にしたゴボウをおもむろに突き出して、ゆっくりと口を開いた。

「俺は野菜の……特にゴボウの妖精だ!」

その言葉を聞いた瞬間、梵天丸はなんとも形容し難い表情をしたのであった。





* * * * *





「テメェ、ここいら一帯を荒らしてる山賊だな?近くの村の奴から退治してくれって頼まれてな……」

小十郎にガシリと腕を掴まれる。凄みをきかせた声を出され、妙な汗が噴き出してきた。これは拙い、と政宗は心の中でうろたえた。

どうやら政宗は山賊と思われてしまったようである。この地域周辺を荒らしている山賊退治を頼まれ、おびき寄せるためにここにいたのだろう。

なんと間の悪いことか、と政宗は頭を抱えたくなった。これから進むべき道の手掛かりになりそうな人物を見つけたというのに、山賊と間違われて退治されかねない状況になってしまった。

そもそも山賊に間違われる要素など自分にはないと思う。ないと思いたい。眼帯をしているせいだろうか。目つきが少々良くないせいだろうか。色々とその原因を考えると、余計に政宗の気分は落ち込んでいった。

いや、こんなことで狼狽したり落ち込んだりしている場合ではない。小十郎は目の前にいるのが主の未来の姿であるとは知らない。従って、容赦なく斬り捨てようとするだろう。身の潔白を証明しなくては、自身の命が危険な状態なのだ。

一瞬の隙をついて、政宗は小十郎の手を振り解いた。そして少し間合いを取りながら、小十郎に対して山賊ではないことを説明する。

「待て待て待て!オレは山賊なんかじゃねえ!通りすがりの善良な一般人だ!」

自身が伊達政宗であると告げると、後々面倒なことになるかもしれない。そして、未来から来たなどと言っても信じるはずがない。

「善良な一般人が1人で何の準備もせず、こんな人気のない山奥まで入ってくるわけないだろう」

鞘から刀をギラリと抜いて、小十郎はひときわ低い声で言う。

刀の先を突き付けられて、政宗はじりじりと後退した。そして、踵を翻す。ここで小十郎と一戦交える
わけにはいかない。刀を抜けば余計に怪しまれる。かといって、大人しく斬られるわけにもいかない。とにかく落ち着いて、小十郎を納得させられるような説明をしなくてはならなかった。

落ち着け落ち着け、be cool。冷静になって良い案を考えようとするが、この状況で落ち着くことなどできない。少し気を逸らした瞬間、ひゅっと刀の切っ先が政宗の頬を掠めた。冷たい汗がこめかみから頬を伝う。

このままでは本当に斬られる。そう思った政宗は、思わず叫んでしまった。

「待て!stop、小十郎!」

「おい、なんで俺の名を知ってんだ?村でも名乗ってねぇのに……」

しまった、と思ってももう遅い。咄嗟に小十郎の名前を呼んでしまったのだ。

奇妙なものを見るかのような目で、小十郎は政宗を見つめる。ここで何とか筋の通った説明をすべきである。自分の正体を隠して、小十郎を納得させられる素性を明かさなくてはならない。

それはネギを片手に、こんな山奥深くにいても不自然でない存在。そして初対面にも関わらず小十郎の名前を知っている存在でなくてはならなかった。そんな整合性を求めるあまり、政宗は現実性を見失っていた。

焦る政宗の脳裏に一つの案が浮かんだ。熟慮している余裕はない。ギュッとネギを握り締めて、政宗はそれを小十郎の前に突き出した。

「オレは野菜の……特にネギの妖精だぜ!」

うまくまとまりきらないまま、瞬間的に口から出てしまった言葉に、小十郎は心底胡散臭そうな表情をしたのであった。


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