気付くと、周囲に散乱した野菜に囲まれていた。ぼやけた視線の先には、茜空が広がっている。

地面に座り込んだまま、小十郎は少し気を失っていたようだ。意識がはっきりした途端、絶望的な気分に襲われた。主の姿が見えないのだ。

「ま、さむね、さま……」

小十郎は呆然とした表情のまま、ゆっくりと立ち上がった。その呟きに答える声はない。

もしかしたら、小十郎のように意識を失わなかった主は、一人でさっさとどこかへ行ってしまったのかもしれない。しかし、それは希望的観測にすぎなかった。よく考えてみれば、主が小十郎を放って1人どこかに行ってしまうなど、あり得ないことである。

あの瞬間、大八車から振り落とされた政宗は、自分たちの時代に残されているのかもしれない。それならばまだ良い、と小十郎は考える。元の時代に戻ることが出来ないのは自分だけだから。

一番あって欲しくないのは、主と自分がそれぞれ別の時期、もしくは別の土地に飛ばされてしまったということである。そして、それが現在で一番可能性の高い状況であった。

途方に暮れる、というのはまさにこのようなことをいうのだろう。いつなのかも分からない時代で、そして右も左も分からない土地で、小十郎は何をどうすれば良いのか分からず、ただ立ち尽くしていた。

主を守ると決めたはずなのに、こんな失態を犯してしまうとは、情けないにもほどがある。注意しなくてはと考えていた矢先のことだから、なおさら情けなく感じる。

しばらくして、小十郎は己が頬を両手で叩いた。こんな所で、ぼんやりしている場合ではない。

一番にやらなければならないのは、主の無事を確認して、2人で元の時代に帰ることである。それをするには、まず情報が必要になる。

ここでくよくよ悩んでいても仕方がない。今の自分に出来ることを、やっていくしかないのだ。

まずは人を探さなくてはならない。場所と時代を確認して、そこからどうしていくか判断していくべきである。

ようやく落ち着きを取り戻した小十郎は、背中に突き刺さるような視線が投げかけられているのに気付いた。先ほどまでは狼狽していたせいで気付かなかったが、自分を見ている人間の気配がする。

気取られないようにゆっくりと振り向くと、木の陰に人影を見つけた。小さな人影なので、それが子供であることはすぐに分かった。

これは好機である。人を探す手間を省けるし、何より子供ならば見ず知らずの人間に対する警戒心もさほど強くないだろう。そう考えた小十郎は早速声を掛けようとしたが、1つの問題に気付いた。

それは、小十郎の風貌に怖がってしまうのではないか、ということである。

見た目で子供を怖がらせてしまうという、自慢にならない自信がある。自身の強面を、小十郎はよく分かっていた。

あの子供を怖がらせないように振る舞うには、どうしたらよ良いのか。にこやかな笑みを浮かべるという手段もあるが、小十郎の笑顔でさらなる恐怖を覚えてしまう可能性も、なきにしもあらずである。

小十郎は考える。こういう時こそ野菜だ。美味い野菜があれば、育ち盛りの食べ盛りな子供は心を開いてくれるだろう。

昔、頑なに心を閉ざしていた主も、野菜をきっかけとして小十郎に心を開いてくれるようになったのだから。

そう考えた小十郎は、近くに散らばっていたゴボウを数本手にする。そして、ゆっくりと子供の方へと近付いていった。

――すると。

「……!」

小十郎が自分に近付いてきていると気付いた子供は、突然ばっと踵を返して走り出した。やはり恐がらせてしまったようだ。

このまま逃げられるわけにはいかない。情報を得なくてはならないのだ。しかし、逃げるのを追い駆けてまで、その子供に拘る必要もない。話さえ聞ければ良いのである。小十郎は走って逃げる子供の背を眺めていた。

その時、走っていた子供がパッと後ろを振り返った。その顔を見て、小十郎は固まってしまった。振り向いたその顔に見覚えがあったからだ。

布で覆われた右目。怯えたような表情。間違えようもない。

「梵天丸様……!」

梵天丸――過去の政宗を、小十郎は追いかけ始めていた。考える前に、体が自然に動いたのだ。ゴボウを片手に携えて。





* * * * *





体が痛む。最後の記憶として残っているのは、あの大八車から振り落とされる瞬間、小十郎がこちらを見て何かを叫んでいるところだった。

気付いたら、政宗は一人でここに倒れていた。周りには誰もいないし、何もない。今の政宗にあるのは、何故か右手に握っていたネギのみである。おそらく大八車から振り落とされる瞬間、咄嗟に掴んだのがこのネギだったのだろう。

小十郎とはぐれてしまった。そして、ここがどこなのか、いつの時代なのかさえ分からない。広大な時間の流れの中で、1人ポツンと取り残されたような、どうしようもない心細さを覚える。

その心細さ以上に、今の政宗には別の不安があった。

もしかしたら、腹を切って詫びる所存、などと言って小十郎が刀を腹に突き付けているかもしれないという不安である。変な方向へ突っ切った真面目さと責任感の強さを持つ男なのだ。

何か小十郎自身に危険が迫るというのではなく、責任を取ろうと考えている方が、政宗としては心配だった。

しかし、自身の心配はさほどしていない。自分のこれからの身の振り方は分からないが、結果は分かっているのだ。どのような過程を経るにしろ、政宗は過去の自分に会うという目的を達成するはずである。そうでなければ、今の自分はいないということが分かっていた。

しかし、その目的を達成するのにどれくらいの時間が掛かるのか。そして、目的を果たした後に、元の時代へと帰れるのか。それが大きな問題であった。

色々と考えるべきことは尽きないが、くよくよ悩んで立っているよりは何か行動した方が良い。

まずは、ここがいつの時代でどこなのかを知る必要がある。それを知るには、人に聞くのが手っ取り早い。ただ、ここはどうやら山の中のようで、人がいるような気配は全くないのが問題であった。

とりあえず、人里を目指すか。そう考えた政宗は、ネギを握り締めて歩き始めた。何故かこのネギがあると安心する。普段は鬱陶しく思う野菜狂いな小十郎だが、離れ離れになったらなったで心細く感じるのだ。

しばらく歩いていると、木の根元に一人の男がうずくまっているのが見えた。

地獄で仏だと政宗は思った。こんな山奥で、人に出会うなどとは考えていなかったからである。人に会うまでかなり歩かなくてはならないだろうと覚悟していたが、こうもすんなり上手くいくとは思わなかった。神様の思し召しとやらであろうか。

政宗は足取り軽く、その人物に近付いていった。

「なぁ、あんた」

声を掛けようとして、政宗はハッと驚いた。その男に見覚えがあったからである。

目の前の男は、間違いなく小十郎だ。

しかし小十郎ではあるが、今の小十郎ではない。昔、政宗に仕え始めた頃の小十郎だった。姿かたちは、政宗が子供の頃に見ていた小十郎そのものである。

小十郎の顔を見て、政宗は安堵の溜め息を吐いた。これまで感じていた心細さが一気に吹き飛んだ。

もしかしたら、知らぬ内に目的地近くまで来ていたのだろうか。しかし、奥州であるにしては、あまり見たことのない場所である。しかも、小十郎はこんな山奥深く、人気のない場所で何をしているのだろう。

若き日の小十郎は目を閉じて、木にもたれかかったままピクリとも動かない。眠っているのか、それとも気を失っているのか。心配になった政宗がそっと小十郎の体に手を伸ばすと、パチリと開いた目と目が合ってしまった。

その瞬間、小十郎の目に殺気がみなぎるのが分かった。政宗の頬に汗が一筋伝い落ちた。


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