アニキの動く城
長曾我部元親には夢があった。それは趣味のからくり兵器作りの集大成を作ること。これまでに培った技術を用いて、誰も作ったことのない、そして誰も見たことのないものを作るのが夢だった。
その夢が、今まさに叶おうとしている。目の前にそびえ立つ小さな城を眺めて、長曾我部は感慨深く思っていた。
これはただの城ではない。長曾我部の持つからくり技術の有りっ丈を込めた代物である。城の中にからくりが存在するわけではない。この城自体が既にからくりなのである。
長曾我部元親の動く城、とでも言うべきか。技術の粋を集めて作られたこの城は、自動的に地上を移動する機能を持っている。可動式の小城など、これまでに誰も作ったことがないし、見たこともないだろう。
予算と重量の関係で、思っていたよりもかなり小振りの城となってしまったが、それでも長曾我部は満足していた。
これを作るのに、かなり無理をした。国の財政が厳しい状態となってしまったが、後悔はしていない。家臣たちも反対するどころか、総力を挙げて手伝ってくれた。この城は一応兵器である。敵軍に攻められた際には、役に立つという利点も存在するのだ。
長年の夢が叶った。晴れ晴れとした笑みを浮かべていると、不意に後方で人の気配がした。幾分殺気のようなものを含んでいる。誰だ、と声を掛けるよりも前に、相手が短く用件を述べた。
「それを渡してもらえるかしら?」
艶のある女性の声だった。振り向くと、見覚えのある人物が立っていた。魔王・織田信長が妻――濃姫である。
それというのは、長曾我部の目の前に佇む小城のことであろう。どこかでこのからくり兵器の噂を聞いたのかもしれないが、何故彼女がこの城を欲しているのか。その理由が皆目分からない。
「そいつは、あんたみたいな別嬪さんが使うようなもんじゃねえよ」
「私が使うのではないわ。上総介様が使うのよ」
なるほど、と長曾我部は得心した。これはある意味で恐ろしい兵器である。砲撃用の大筒も積んでいるし、大量の兵を載せて移動することも出来る。
それを脅威と見なして破壊するより、自らのものとしてしまえば良い。そう考えて、ここに来たのだろう。
だが、これは長曾我部が心血と財を注ぎ込んで完成したものなのだ。欲しいと言われて、はいどうぞなどと易々と渡せるはずがない。
「そう簡単に渡せるわけねぇだろ、姫さんよ」
「なら、力付くで頂くまでね」
濃姫は手にした銃を、長曾我部に向ける。その挙動からは全く躊躇いを感じられない。それなりの覚悟を持って、この地までやってきたらしい。
当の長曾我部は少し困っていた。強い相手と勝負するというのは嫌いではないが、今回はあまり気乗りがしない。相手が女性というのが、その大きな理由である。
男と女が戦う場合には、必ずその差というのが出る。なるべく手加減を出来れば良いのだが、真剣勝負の最中にそれが出来るほど長曾我部は器用ではない。何より、女性に泣かれるというのがとても嫌なのだ。
どうしたもんか、と悩んでいると、離れたところから鋭い声が聞こえてきたのである。
「待て!そいつを渡すわけにはいかないな」
一陣の風と共に現れたのは、上杉に仕える忍――かすがであった。これには長曾我部だけでなく、濃姫も驚いていた。銃を手にしたまま、かすがに注目している。
濃姫に続いて、かすがもこのからくり城を狙っているらしい。全く人気者は辛いぜ、と長曾我部は半ば自虐的に笑っていた。
「それは謙信様のためにあるようなもの。大人しくこちらに渡してもらおうか」
キッと鋭い瞳で濃姫と長曾我部を睨む。その台詞から、かすがは長曾我部の城を上杉に捧げるために、頂きにきたことが分かった。
恋する乙女ならば、こんなゴツい城ではなく、もう少し可愛らしいものを贈るのが良いのではないだろうか。他人ごとながら、長曾我部は妙なところで心配してしまう。
濃姫だけでなく、かすがにまで狙われているという状況であるが、あまり悪い気はしなかった。自分の作ったものが、これほどまでに欲されているというのは、生みの親として嬉しいことである。
長曾我部は少しだけ上機嫌で尋ねた。
「こいつを上杉への贈り物にしようってワケかい?」
「そうだ!そのからくり美容兵器は、謙信様のために使わせてもらうぞ!」
「からくり、美容兵器……?今、なんつった?」
からくり美容兵器。想像もしていなかった言葉が飛び出した。一体、何なのだろうか。ただの聞き間違いだろうか。
長曾我部は首をひねる。まるで聞いたことのない単語である。事態が飲み込めていないという長曾我部の様子に、かすがは苛立った声を上げる。
「とぼけるつもりか!?それは、からくり美容兵器なのだろう!」
「全然違ええぇよ!からくり美容兵器って、なんだそりゃああぁぁ!?」
長曾我部は思わず全力で突っ込んでしまった。かすがはこの可動式の城を、からくり美容兵器なる珍妙なものと信じ切っているらしい。
「そんな与太話、こから出てきたんだ?」
「前田の風来坊から聞いたのだ!お前が美容に効果的なからくりを作っている、と!」
「なんて嘘吐いてんだ、アイツー!?」
とんでもない誤解である。前田慶次は、一体なんというホラを吹聴しているのか。にこにこと人の良さそうな顔をして笑っている慶次の姿を思い浮かべ、長曾我部は渋面を作った。今度会ったら、文句を言ってやろう。そんな決意を固める。
その時、興味深そうに2人のやり取りを眺めていた濃姫が声を上げた。
「あら、美容に効果があるなんてオマケもついているの?」
「ついてねえぇぇよ!」
長曾我部は思わず大声で突っ込んでしまった。ただの兵器でなく、追加で美容にも効果があると濃姫は信じてしまったらしい。
「そんな素晴らしいからくり兵器を、誰かに渡すわけにはいかないわ」
「ふん、これは謙信様のものだ。貴様に渡すわけにはいかないな」
2人の間にバチバチと火花が飛ぶ。睨み合う姿は、竜虎を彷彿とさせた。
もう何と言って良いのか、長曾我部には分からなかった。一つ分かったことは、女同士の争いというのは途轍もなく恐ろしいということである。
いつの間にか、苛烈な言い争いから、武器を抜いての肉弾戦と移行していた。
濃姫が銃を数発、かすがに向かって撃つ。それを素早くかわしたかすがは、くないを濃姫に向かって投げた。
飛んできたくないを銃身ではたき落とし、濃姫は着物の下からバズーカ砲を取り出した。そんな巨大なものを隠し持っているとは、彼女の着物の下には異次元空間でも形成されているのだろか。
しかし、そのバズーカを見て、長曾我部は途轍もなく嫌な予感がした。
「ちょっと待っ……」
止める暇もなく、バズーカから盛大に砲撃が放たれた。
すんでのところで、かすがが避ける。かすががそれまでいた場所の後ろには、長曾我部の動く城があった。
盛大な爆音がした。それも一回だけではない。バズーカの一撃が誘爆を引き起こし、立て続けに城が爆発しているのだ。
爆発音の後、ズゴゴゴと建物の崩れる音が、しばらく響き続けたのであった。
長曾我部の動く城は、動かなくなってしまった。それどころか、瓦礫の山となってしまったのである。
国を傾けて作ったからくり兵器だった。懸命に節約して捻り出した金で作ったのだ。この兵器を上手く使って、少しずつ稼ぐつもりだった。それで国の財政を建て直すつもりだったのに。
長曾我部は呆然とした表情で、瓦礫の前で座り込んでいた。
「……ははは、はは」
涙目になりながら、乾いた笑い声を上げる。そこから少し離れた場所では、まだ濃姫とかすがが熱い戦いを繰り広げていた。
女の執着というものは、げに恐ろしきものである。そんなことをぼんやり考えていると、背後から声が聞こえてきた。
「やー、元親!遊びにきたよ」
突き抜けるほど明るい声。振り向かなくても分かる。今回の元凶だ。長曾我部のこめかみにビキリと血管が浮き上がる。
顔を見せていないので、長曾我部が怒っていることに慶次は気付かない。黙ったままでいると、気の抜けた口調で話しかけてきた。
「まーた、何か作って失敗したのかい?」
その一言が、長曾我部の神経を逆撫でした。触れてはいけない逆鱗に触れてしまった。
ギギギと首だけで振り返った長曾我部を見て、慶次はギョッと驚いた。
目はつり上がっているが、眉は下がっており、さらに笑顔を浮かべようと口の端を上げているが、上げすぎて引きつっている。それに加えて、ビキビキと動く青筋。そんな顔を見せられれば、誰だって驚くだろう。
長曾我部は地獄の底を這うような低い声で、簡単な事情説明をした。その説明を聞いて、慶次の顔色が青くなった。
「それじゃ、俺が冗談で言ったこと、かすがは本気にしちゃってたってワケ?」
「おぅよ。そのせいでよォ、大事な大事な兵器が一瞬でお亡くなりになりやがったぜ」
「ちょ、ちょっと待った!ホントごめんって」
「覚悟しやがれえぇぇぇ!」
長曾我部の懇親の五羅が、慶次に炸裂したのであった。
この後、国の財政再建のために、長曾我部はとある組織に借金を依頼することになる――が、それはまた別のお話。
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