振り向けば、数人の男たちが刀を政宗と小十郎に突きつけていた。おそらく、真田の家の者に違いない。彼らの言葉から、政宗たちは弁丸を略取した人さらいと思われているということが想像出来た。

これはあまり良くない事態である。政宗がきちんと説明しようとも、罪人の言い逃れと捉えられ信じてはもらえないだろう。弁丸から説明しても、上手く伝わるかが分からない。

下手をすれば、牢に入れられる可能性もある。そんなことになったら、大事である。いつまでもこの時代にいるわけにもいかない。

――となれば。

「取りあえず逃げるぜ、小十郎!」

「はっ!」

小十郎が引く大八車の上に、政宗はひらりと身を踊らせる。何も言わずとも、互いに考えていることは通じている。さっさとこの場から離れるが上策だ。そう思った政宗は、小十郎に出発するよう促した。

「葱宗殿!牛蒡郎殿!」

2人に向かって、弁丸が叫ぶ。最後までその名前で呼ばれるのは、なんだか締まらない気もするが致し方ない。弁丸は2人を追おうとしているが、真田の家臣たちに抑えられているようだ。

政宗は弁丸の方を振り向いて、親指を軽く立てた。

「また会おうぜ!」

真田幸村、と心の中で付け加えて、また前を向く。がらがらと小十郎が勢い良く引いている大八車の上で、政宗は仁王立ちをしていた。背後から騒がしい声が聞こえる。真田の家臣たちの何人かが、執拗に追ってきているようだ。

色々と紆余曲折はあったものの、なんだか気分が良かった。

しかし、これからどこに行くのか。元の時代に戻る方法を考えなくてはならない。いや、それを考えるより前に、追っ手から逃げ切らねばならない。

しばらく進み続けると、下り坂に差し掛かった。政宗の脳裏に、この時代へと飛んでくる前の状況が甦った。あの時も下り坂を全速力で駆け下りていたのだ。

「小十郎!」

「政宗様!しっかりお掴まりください!」

政宗の呼び掛けに、小十郎が叫びに近い声で返す。小十郎も同じことを考えていたのだろう。

大八車の速度がさらに増す。載っていた野菜がころころと転がり落ちる。立っていると振り落とされそうになるので、政宗は台にしがみついていた。

下り坂の終わりが見えた時、再び白い閃光が眼前で爆発した。




* * * * *




「ねぇ、右目の旦那」

「なんだ、真田の忍」

少し離れたところで戦い続けている主たちを眺めながら、佐助が小十郎に声を掛けた。

今日は、真田と政宗が一騎打ちをする約束になっていた日である。遠くで2人の主が、叫び合いながら真剣勝負を行っていた。それを従者たちは安全なところで、ぼんやりと眺めている。

「最近、思い出したんだけどさ」

両腕を組んで主から目を離さず、佐助は独り言のように呟いた。

この忍と小十郎は、互いに困った主に仕えているという妙な共感を抱いている。だから、こういう時間に他愛もない会話を交わしていたりするのだ。

いつもと同じように、武田軍内で起きた出来事の愚痴でも言うのかと、ぼんやり考えていた小十郎の耳にとんでもない言葉が聞こえてきたのだった。

「葱宗とか牛蒡郎って人、お宅らの親戚にいない?」

小十郎は驚きで、思わずむせてしまった。まさか、こんな場所で今更あの話が出るとは、思っていなかったからである。

葱宗に牛蒡郎――過去の真田や佐助に名乗った偽名である。他にそんな名前の輩が揃って、存在するということはあまり考えられない。佐助が言っているのは、おそらく政宗と小十郎のことなのだろう。

ということは、過去の真田や佐助と自分たちが出会ったことは、現実であったということである。そして、佐助はそれを覚えていたということである。

まさか何か聞かれるのだろうか、と小十郎は少し焦っていた。そんな小十郎の心中など知らない佐助は、話を続ける。

「昔、真田の旦那に仕える前に、会ったことがあるんだよね、その人たちに」

やはり、と小十郎は感じていた。

その真実を説明するのは、かなり難しい。それに、それが自分たちだと言っても信じられないだろう。現に、自分たちでさえ、その身に起きたことが信じられないのだから。

なんと言って誤魔化すべきか、と小十郎はしばらく考えあぐねていた。そして、辿々しい口調で答えた。

「と、遠い親戚にいる、気がするような、しないような」

視線を泳がせながら、小十郎はかなり強引なお茶の濁し方をしていた。誰が聞いても嘘だ、と言いたくなる誤魔化し方である。

しかし、そんな小十郎の出任せを、佐助は信じてしまったようだった。軽い笑みを小十郎に向けて、口を開く。

「ならさ、お礼を言っておいて欲しいんだよね」

「礼?」

「そ。あの人たちのお陰で、俺は今こうして真田の旦那の側にいられるんだ」

人差し指を立てて、佐助は告げる。小十郎は穏やかな笑みを浮かべた。

「……そうか。会った時に言っておこう」

そう一言述べて、小十郎は主の元へと駆けていく。その背中に向かって、佐助は一言呟いた。

「本当に、ありがとさん」




―続―


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