弁丸に連れられ、政宗と小十郎は山道を歩いていた。しばらく進むと、人目につかないほどの小さな洞穴を発見した。

その前で弁丸は一旦立ち止まり、無言で政宗たちの方を見る。そして失礼つかまつると呟いて、大八車に載った野菜をいくつか抱え、洞穴の中へと入っていった。

弁丸を追って、政宗たちも洞穴の奥へと潜っていった。大人が通るにはかなり狭く、小十郎は少し屈みながら進む。そして、日の光が一切入らないので暗い。黙々と歩みを進めると、少しして開けた場所へと出た。どうやら、洞穴の最深部に到達したらしい。

天井部にいくつか穴があいているらしく、太陽の光が幾筋か差し込んでいる。そのお陰で、先ほどよりは視界が効くようになった。

広くなった場所のちょうど真ん中あたりに、先に来ていた弁丸が立っていた。その前には平たい岩がある。声をかけようと弁丸に近づいて、政宗は思わずはっと息を呑んだ。

岩の上に、黒い人影が横たわっていたのだ。黒装束に身を包んだ、小さな体。一目で忍と分かる格好をしていた。

顔を覆っていた部分の布は、恐らく弁丸が外したのだろう。体つきと顔から、この忍は弁丸より少し年上の少年であることが分かる。夕日に照らされた空のような色をした髪が印象的であった。

「……なに、また来たの?」

幼い忍はゆっくりと目を開け、覇気の感じられない声を発する。また、ということは、弁丸は何度もここへ足を運んできていたということなのだろう。

一体どのような経緯でこんな場所に来ていたのかは知らないが、一つ分かるのはこの忍の少年を弁丸が助けようとしていることであった。先ほど野菜を見て呟いた言葉の真意が、政宗にはなんとなく分かったような気がした。

「これを食え、食わぬと死んでしまうぞ!」

「なんでそこまですんのさ。放っておきゃいーのに」

手にしたキュウリをぐりぐりと押しつける弁丸に、少年は面倒そうに言い放つ。いつからここにいたのかは分からないが、これまで何も口にしていないのだろう。

年の割に、若干頬が痩けている。顔色も相当悪い。食欲がないのか、それとも自ら何も口にしないと決めているのか。その雰囲気から察するに、後者のようだと政宗は感じていた。

少年の口を無理矢理開かせようとしていた弁丸の手を、政宗は掴んで止める。そんな風にしても、おそらくその頑なな決心を崩すことは出来ないだろう。弁丸の手を掴みながら、政宗は少年に問いかけた。

「お前、忍か?」

「そ、見ての通り忍だよ。任務に失敗してこのザマだけど」

自嘲気味に笑って答える。よく見ると、少年の体のあちこちに傷が出来ている。その様が妙に痛々しくて、政宗は眉を顰めた。

どういう状況で、この少年に出会ったのか。弁丸に尋ねると、辿々しい口調で説明を始めた。

――曰く、先日弁丸は夜中に襲撃されて、殺されそうになった。家の者たちのお陰で事なきを得たが、その時に襲撃してきた人物は怪我を負って逃げていったという。しかし、その襲撃者が大人ではなく、子供ぐらいの背丈であったことが弁丸の心に引っかかっていた。

もしかしたら、その怪我が元で死んでしまうかもしれない。そう思ったら、居ても立ってもいられなくなった。家の者に見つからないよう、その襲撃者を探していたところ、怪我をして倒れてる忍の少年を見つけたのである。

あの襲撃者がこの忍であると直感的に分かった弁丸は、人気のない洞穴に彼を運び込んだ。怪我を負って動けずにいた少年を助けるために。

そんな説明を聞いた政宗と小十郎は、2人揃って理解しがたいというような表情をしていた。

「お前を殺そうとしたヤツを助けようってのか?」

呆れ果てた声で聞く政宗に、弁丸は力強く頷く。その様子からは、一切の迷いなど感じられない。弁丸は純粋に忍の少年を助けたいと思っているのだ。そこに利害だとか打算というものは全く存在しなかった。

下手をすれば、その少年の手に掛かって死んでいたかもしれない。それなのに、そんな相手を何故助けたいなどと思えるのか。政宗には理解出来なかった。

しかし、思い起こせば政宗が知っている真田幸村という男も、案外むちゃくちゃなことを言ったりやったりする人物であった。そんなところは、子供の頃から変わっていないらしい。

だが、弁丸がいくら助けたいと思っていても、当の少年が助かりたいと思わなくては、どうしようもない状況である。その雰囲気から察するに、少年にもただならぬ事情があるようだ。

そんな政宗の考えを察知したのか、諦観したような表情で忍の少年は口を開いた。

「今、生きながらえても無意味なんだよ。うちの里の掟じゃ任務に失敗した忍は」

「死あるのみ、ってか」

少年の言葉に続けて、普段より更に一段低い声で政宗が呟く。その声には幾分か、物騒な響きを含んでいた。

この少年はこんなに幼い時分から忍として生きることを叩き込まれ、そして忍として死を迎えようとしている。自身の感情が、そこに入る余地などない。

そんな黴の生えたような因習に従おうとするなど、政宗には納得いかなかった。いかないからこそ、声に凶暴さが出てしまった。

「そんなの、嫌だ!」

弁丸が必死な顔をして叫ぶ。自分とあまり年齢の変わらない少年が、自ら命を手放そうとしているのを見ていられないのだろう。その気持ちは分かる。

このままにしておくことは出来ない。何事も直球勝負な弁丸よりも、それなりに人生の酸いも甘いも経験している政宗や小十郎の方が、少年の固い決意を止め易いかもしれない。

「お前、名前は?」

「俺は……」

そう言いかけて、少年は顔をしかめた。舌を噛み切ろうとしている。直感的に気付いた政宗は、咄嵯にその口に手を突っ込んだ。政宗と同様に異変に気付いた小十郎も、少年の腕を慌てて掴む。


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