いつもの畑に、いつものように、小十郎はいた。ただ違うのは、その前で何かを燃やしていることである。

政宗は直感的に気付いた――小十郎が何を燃やしているのか。

「もう、これは貴方に必要ないでしょう」

普段あまり見せることのない柔らかな笑みを浮かべて、小十郎は政宗に話しかけた。声音もかなり優しげで、彼を知っている者がこの場にいれば、かなり驚いただろう。

もう必要ない。その言葉に政宗は一瞬戸惑うような表情を見せたが、ゆっくりと、そして力強く頷いた。小十郎の言う通り、これは政宗にとって必要のない代物となったのだ。

赤く燃え上がる炎の中から、ガラガラとものが崩れていく音がする。目を閉じると、この数日の間に自身と小十郎の身に起きたことが、脳裏に次々と浮かんでくる。

この一夏の出来事は、本当に野菜の神様からの贈り物だったのかもしれない。空へと上っていく白い煙を眺めながら、政宗はそんな風に思っていた。




時をかける双竜 <上>




その日、政宗は相当に不機嫌であった。彼の機嫌を悪くしている原因は、ただ1つ。彼の右目こと小十郎の畑で、朝から野菜の収穫を手伝っているからである。

一国の主がもそもそと土にまみれながら畑仕事をするというのは、何とも情けない光景である。情けない光景であるが、この状況は政宗自身が小十郎に申し出た結果なのだ。

先日、政宗が内政業務を放棄して、好敵手の真田幸村の元へ一騎打ちを挑みに度々出かけていたことが発覚してしまった。当然、小十郎に怒られた。

目の前でピキピキと血管を浮かせる小十郎は、地獄の閻魔も裸足で逃げ出しそうな形相をしていた。だから、政宗は咄嵯に言ってしまったのだ。今度野菜の収穫手伝うから怒りを静めてくれ、と。

政宗の申し出を聞いた小十郎は、これとそれとは話は別ですが、などと言いながらも怒りを急速に収めさせていった。まずは一安心などと思っていたが、まさかその発言を実現する羽目になるとは考えていなかった。

明くる日の朝、鎌と野菜収穫用の籠を携えた小十郎が、上機嫌で政宗の部屋にやってきたのだ。思わず目眩がした。

自ら申し出たことではあるが、野菜の収穫などという血も沸かない肉も踊らないような行為に、政宗の機嫌は急降下していった。

現在、不貞腐れた状態でしぶしぶ目の前のキュウリどもを刈り取っているところである。

「政宗様、もっと丁寧に野菜を扱っては頂けませんか」

「OK、オレの愛をたっぷり込めてやってるぜ」

全くやる気の欠片も感じられない口調で、政宗はもぎ取ったキュウリをぽいぽいと道端に投げていく。全く愛というものが感じられない扱いである。

何が悲しくて奥州の頂点に立つものが、朝から野菜の収穫などしなくてはならないのか。右手に鎌、左手に取れたてのキュウリ。限りなく、coolとは程遠い。そんな己の現状を見て、政宗は天を仰いで大きく溜息を吐いた。

少し離れたところにいる小十郎を見ると、黙々と作業に没頭している。小十郎が鎌を持った右手を閃かせると、次の瞬間にはその周囲にいくつかのナスが散乱していた。

まさに神業と言ってもよいだろう。そんな神業収得したくない、と政宗は思ったが。

投げやりな様子で鎌をぶんぶんと振っていた政宗であったが、ふとあることに気付いた。自分と小十郎の周囲をグルリと見渡して、それを確信する。

「なぁ、小十郎。一つ気になったんだが……」

「如何致しましたか」

「この野菜ども、どうやって持って帰るつもりなんだよ」

そう。出来る限り、収穫出来そうなものを片っ端から引き抜いたりもぎ取ったりしていたため、その数は大変なことになっていた。

しかし、収穫したものを運ぶために用意してあるのは、背中に背負う籠のみ。現在、近くに散乱している野菜たちは、その籠の容量を余裕で越えている。

折角収穫した野菜を、この場に放置していくわけにはいかない。一旦城に戻ってから引き取りに来るのも、また面倒である。

「困りましたな」

「なんも考えてなかったのかよ」

腕を組んで悩んでいる小十郎を見て、政宗は渋面を作る。相変わらず、妙なところで抜けているようだ。

しばらく思案していた小十郎が、ふと何かを思いついたように人差し指を立てて口を開いた。

「このように服の中に仕舞い込んで、持てるだけ持って帰るというのはどうです?」

「アホかあぁぁぁ!」

考えて捻り出した案がそれか、と政宗は頭を抱えたくなった。ガサゴソと服の中に野菜を仕舞っていく小十郎の顔は、何故か晴れ晴れとしていて楽しそうな雰囲気だ。政宗はそんな小十郎の挙動を、主として真剣に止めた。

取り合えず、籠に入れられるだけ入れよう。取りに戻るのは、小十郎だけでも良いだろう。政宗様も一緒に、などと言われたら断固拒否しよう。腹が痛いとでも言って断ろう。

畑仕事で凝り始めている肩をぐるぐると回しながら、政宗は畑道の方を見た。そして数度、目を瞬かせた。

自分の目が信じられないというように擦ってから、再び小十郎に問いかけた。

「なぁ、小十郎。また一つ聞きたいんだが」

「如何致しましたか」

「そこにある大八車、いつからあったんだ?」

政宗が指差すのは、野菜を置いていた畑道。先ほど自分たちの周囲を確認した時には、何もなかった。

しかし今は、以前からあったかのように、1台の大八車が存在している。

畑道に突如出現した大八車に、政宗と小十郎は互いに顔を見合わせた。一体、いつどこからどのようにして、この大八車は現れたのか。

小十郎も政宗に言われるまで、気付いていなかったようだ。呆然としていた小十郎が、突然ポンと手を叩いた。

「もしかして、困っている俺達を見て野菜の神様が助けてくださったとかでしょうか、政宗様!?」

「そりゃねええぇぇぇよ!」

野菜の神様ってなんだ、と問い詰めたい。野菜好きが高じて、そんなものまで信じるようになってしまったのだろうか。小十郎のこの先が少しどころか、大いに心配になってくる。

しかし、これは一体何なのか。

訝しげな表情で、政宗はその大八車を眺めた。知らぬ間に、忽然と姿を現したのだ。怪しいどころの騒ぎではない。

もしかしたら小十郎の言うように、常識では計り知れぬ力によるものかもしれない。そこまで考えて、政宗は頭を左右に振った。

「取りあえず、コイツに載っけて持って帰ろうぜ」

「そうですな。誰かのならば、また後で返しにくれば良いでしょうし」

主従揃って楽観的ではあるが、これは野菜の運搬に困っていた政宗たちにとって、棚からぼた餅というような状況である。これを利用しない手はない。

小十郎の言う通り、少しの間拝借して、後で戻しに来れば良いのだ。勿論、返却するのは小十郎一人である。

政宗と小十郎は、野菜を大八車に載せられるだけ載せた。かなりの量があったため、2人掛かりでも少々手こずったが、全て載せきることが出来た。

作業が終わった瞬間、政宗がぴたりとその動きを止めた。そして両腕を大きく広げ、満面の笑みを浮かべた顔を小十郎に向けたのである。

「Hey、小十郎!良いこと思いついたぜ!」

突然、上機嫌になった主に、小十郎は眉をしかめた。こういう時の政宗は禄でもないことを考えているというのが、これまでの経験で分かっているとでもいうような表情である。

そんな小十郎を無視して、政宗は続けた。

「オレがコイツに乗って、お前が引っ張る。You see?」

小十郎の眉間の皺が少し深くなった。また何を言い出すのやら、と口には出さないが、表情が暗に語っている。

政宗はそんな小十郎をさらに無視し、大八車に載せた野菜を指差して堂々と言い放った。

「野菜の収穫手伝ったし、これぐらい良いだろ?」

「まったく……。子供の心を忘れぬというか、なんというか」

ふぅっと肩の力を抜いて、小十郎は苦笑する。政宗の半ば命令に近い頼みに、結局折れたらしい。

そしてどうやら、小十郎もまんざらではないようだ。童心に返ったような政宗の姿を見て、少し雰囲気が和らいでいる。

うきうきとした足取りで荷台に上がると、政宗は遠くの方を指差して高らかに叫んだ。

「小十郎!Here we go!」

「はっ」

大量の野菜とはしゃいでいる政宗を載せた大八車を、小十郎は引き始めた。なかなか様になっていると政宗は思う。

初めは小十郎もゆっくりと歩いて引いていたが、慣れるにつれて少しずつ走り始めた。

体勢を整えながら、政宗は台の上で仁王立ちをする。馬に乗っている時とは違うが、風が全身に当たる感覚が心地良い。

しばらく進むと、先ほどまでは平坦だった道が下り坂となった。その坂に合わせて、小十郎は走る速度を上げる。

下手をすると、後続の大八車に巻き込まれてしまうので、それよりも速く走らなくてはならないのだ。

その速度が、尋常ではなくなってきた。

「だぅわあああぁぁ!?」

「ぬぅおおおぉぉぉ!」

異常な速さで駆ける小十郎と大八車。政宗は振り落とされないよう、そして野菜が落ちないよう抱えながら、台にしがみつく。

この時、政宗の耳にキイィンと耳鳴りのような音が聞こえてきた。違和感が肌を通じて伝わってくる。

突然、2人の周囲の空間がぐねりと歪み始めた。止まろうにも、すぐには止まることの出来ない速さになっていた。声を上げる間もなく、その歪んだ空間に飲み込まれる。

一瞬の後、閃光が走り、眩い光に小十郎たちは包まれた。

そして、その場には誰もいなくなったのであった。


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