全く異なる3つの存在。その唯一と言っても良い共通点は、色だけだった。
廻るブラウン・デスティニー
昼食後の授業ほど忍耐力の必要な時間はない。襲い来る眠気との闘いに辛うじて勝利した佐助は、教科書とペンケースを手にのんびりと廊下を歩いていた。
本日5限目の授業は、50分間ひたすらビデオを見ているだけだった。これが地味にキツい。大して面白くもない映像を無理やり見せられるだけなら、夢の世界にでも旅立ってその時間を過ごせば良い。だが、感想文の提出という面倒な課題のせいで、きちんと鑑賞しなくてはならなかった。
頑張った。頑張って眠いのを我慢して、つまらないビデオを見続けた。図体に似合わず繊細な話を好むらしい社会科担当の豊臣先生とは、趣味が合わないに違いないと密かに思う。
そして佐助は今、視聴覚室から自分のクラスへと戻る最中であった。こういう場合、大概はクラスメートでもあり同じ生徒会メンバーでもある半兵衛と話しながら帰るのだが、彼は豊臣と話があるとかなんとかで何処かへ行ってしまった。
教室に戻り、自身の机に荷物を置こうとして、佐助は目を丸くした。机に妙な落書きがあったからだ。落書きというより、鉛筆で走り書きされた文字の羅列のようである。何かのメモだろうか。佐助は首を傾げた。
何と書いてあるのか、皆目見当もつかない。象形文字で書かれているのだろうか。和文と少々の英文ならば分かるが、これはそのどちらでもない。いや、地球上に存在する言葉のどれでもないかもしれない。
「宇宙から来ましたー、とかね」
妙なメモは後で消すことにして、佐助はふざけたことを口走りながら次の授業の準備をし始めた。机の横にかけてあった鞄を開き、その中に入っている英和辞典を探す。
不意に、鞄を漁っていたその手が止まった。数秒の後、酷く不安そうな顔をして、佐助は鞄の中を覗き込んだ。
「……辞書忘れた?」
次は英語の授業。担当は片倉先生。辞書がなければ、当てられた時に洒落にならない。片倉は容赦なくビシビシ当ててくる。答えられなければ、あの鋭い眼光で睨まれる。それが半端なく怖いのだ。背筋に冷たい汗が伝った。
朝忘れずに入れたと思っていたのに、と佐助は目を閉じて思い出す。しかし、辞書が見当たらないのは事実。こうなれば誰かに借りに行くしかない。
残った休憩時間であたれるだけあたろうと、佐助はスクッと立ち上がった。そして一瞬考えた後、鞄の中から袋入りの飴を取り出したのである。
それを見て、佐助はにんまりと笑った。
この飴は登校する時に寄ったコンビニで買ったものである。袋に書かれた期間限定という文字が、初めて見た時目に飛び込んできた。佐助は期間限定商品に案外弱い。佐助でなくとも、それに弱い人間は、世の中に案外多くいるだろう。
そして、その次に目に入ったのは、チョコみそカレー味という文字。
体に電撃が走ったような衝撃を受けた。チョコと味噌とカレーという全く異なる味覚をミックスした飴とは、一体どのようなものなのだろうか。
心の中の自分が言う。そんなの絶対不味いに決まってる、と。もう一人の自分が囁く。試してみなくちゃ分かんないよ、と。
しばしの葛藤の後、佐助はその飴の袋を持って、レジへと向かった。
その5分後、佐助はその飴の袋を持って、陰鬱な表情をしていた。
凄く不味かった。なんとも言えない微妙な味が口の中に広がっていた。甘さと辛さと香ばしさが、舌の上で激闘を繰り広げていた。
そこで、まだたくさん残っているこの飴をどう処分しようか、という問題が生じた。1個食べただけで不味いからといって捨てたら、もったいないお化けに祟られる。そもそもそんな勿体ないことは出来ない。しかし、これ以上自分で食べたいとは思わない。
そして、すぐに閃いた。
誰かにあげれば良い。鬼畜だと言うなかれ。もしかしたら、この悪魔的な味覚にマッチするびっくり人間がいるかもしれない。その人物とこの飴との出会いのために、少々の犠牲を払うのも仕方がないのだ。
こうして完璧な理論武装を己の内に施した佐助は、飴を配りつつ辞書を借りに行く旅に出たのであった。
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