「あれに見えるは2組の風魔ではないか?」

下駄箱に向かって歩いていく男を、元就は指差す。

帰宅部の人間を捕まえるために、彼らは下駄箱が見える位置に身を潜めていた。この時間に集団ではなく、1人で帰ろうとする人間は確実に部活には所属してない筈だ。そう元就が言ったことから、下駄箱周辺を張り込むことになったのである。

元就が指差す先にいるのは、風魔小太郎という男子生徒だった。オレンジ色の髪という目立つ風貌をしているにも関わらず、無口でおとなしい性格をしている人物である。

「……くくく、確か彼ならどこの部活にも所属してませんよ」

「そういや、アンタも確か2組だっけか……って何で知ってんだ?話すのか?」

何が面白いのか、明智は愉悦に満ちた声で告げる。同じクラスにいても明智と小太郎ではあまり接する機会がないように思えるのに、何故帰宅部だと知っているのか。ふと浮かんだ元親の疑問に、明智はグリンと首を傾けて答えた。

「ええ、彼とは席が隣同士でしてね。よく会話をするのですよ……心の中で」

「テレパシーかよ!」

思わず元親は関西的なノリの突っ込みをしてしまう。ビシッと胸を叩かれた明智は、痛い痛いと大して痛くもなさそうに呻く。

そんな2人のやり取りを、元就はジットリとした目付きで眺めていた。

「何を楽しそうに漫才などしておる?緊張感のない変態コンビめ」

「いや漫才じゃねーし、オレは変態じゃ」

「兎も角、あの一人で寂しげな雰囲気からいって、奴は帰宅部に相違ない。織田、出番だぞ」

「……行ってきます」

元就に言われて、市は下駄箱に向かって歩き始めた。長い黒髪を揺らしながら、小太郎に近づいていく。

下駄箱の扉を開けて靴を出そうとしている小太郎の隣に、市は音もなく立った。唐突に現れた彼女に驚いた小太郎は、靴を持ったまま少し後退る。

驚愕してポカンと口を開いている小太郎の様子などお構い無しに、市は伏し目がちに言葉を紡ぎ始めた。

「……お願い、茶道部に……入って」

「…………」

数秒経ってから何を言われたかを理解して、小太郎はフルフルと首を横に振った。

茶道部に入りたい入りたくないという気持ち以前の問題で、こんな勧誘をされれば誰でも断るだろう。市の勧誘を見ていて、元親はそう思った。

「貴方が茶道部に入ってくれないのは市のせい……」

小太郎に拒絶され、市は悲しげに呟く。そして両手で顔を覆って、その場に座り込んでしまった。市の突然の行動に、小太郎は酷く狼狽していた。

傍から見れば小太郎が市を泣かしているようにしか見えない図である。こんなところを誰かに見られたら、と気が気ではないのだろう。慌てふためく小太郎の様子を見ていた元就は目を光らせた。

「今が好機だ、我らも行くぞ」

この機を逃すまいと、元就は急いで市の援護に向かった。元親と明智もそれに続く。

「おや、一体どうしたのだ?何かあったのか?」

全く関係のないところから出てきたように装って、元就は小太郎に声をかけた。かなりわざとらしい聞き方である。それ以上に不自然なほど大仰な驚き方をしていた。

「茶道部に……入ってくれないの……それも全部市のせい」

元就の問い掛けに答えたのは市であった。無言であわあわと焦っている小太郎は、どう対処して良いか分からないというように頭を振るばかりである。

市の言葉を聞いて、元就は小太郎に視線を向けた。

「いたいけな女子の頼みを無下に断るとは、なんと器量の狭き男よ」

元就の言葉はちくちくと針のように小太郎に突き刺さる。困りきっているその表情を見て、元親は可哀想にと心の中で同情してしまう。

元就は小太郎の周囲をゆっくりと歩いていた。獲物にじわじわとプレッシャーを与えるために。

「心が痛むのであれば、おとなしく入部するが良い」

そう言いながら、元就はポケットから折り畳まれた入部届を取り出して、小太郎の顔に突き付けた。

小太郎の混乱は最高潮に達していた。市と元就を交互に指を差して見つめている。

小太郎の動きがピタリと止まる。ようやく2人がグルだと気付いたらしい。

こうなれば付き合うこともないと身を翻そうとした小太郎の背後から、ニュッと生白い腕が2本伸びた。

「逃がしませんよぉ……」

腕に続いて顔を出した明智は、そのまま小太郎の首を絡めとるようにグルリとその腕を回す。小太郎の体がビクッと震え、肌が一気に粟立った。

相当気持ち悪いのだろう。隣で見ているだけの元親でも鳥肌が立っているのだ。当の小太郎の心中は察するに余りある。ホロリと涙の一つでも溢したくなるほどだ。

「一つ忠告してやろう。この織田の頼みを断ったと我が触れ回れば……あとは分かるな?」

その言葉に小太郎は青ざめるしかなかった。

校内で長政のことを知らない者はいない。小太郎も勿論知っている。その長政を脅迫の手段に利用するために、先ほど市に泣けば良いと元就は告げたのだ。

明日から長政に狙われる日々を送るか、それともおとなしく茶道部に入部するか。究極の選択を迫られることになった小太郎はガクリと項垂れた。

どちらも嫌に決まっている。あの長政に正義の鉄槌を下すと竹刀でどつき回されるのも、見るからに変人ばかりの茶道部に入るのも。

しばらく頭を抱えて悩んでいた小太郎は、観念したようによろよろと右手を差し出した。そのまま、元就の持っていた入部届を受けとったのである。

「我が茶道部に入るのだな?」

悪魔のような笑みを浮かべる元就の問いに、小太郎はコクリと力なく頷いた。



一旦部室に戻るということで、悲壮な顔をした小太郎は元就たちの後に続いて廊下を歩いていた。その重い足取りはこれから処罰を受ける罪人のようだ。

そんな小太郎の背中を叩いて、元親は苦笑いをしながら彼に慰めの言葉をかけた。

「なんつーか、犬に噛みつかれた……いや違うな。蛇に巻き付かれたと思って諦めてくれな」

元親の頓珍漢な慰めに、小太郎は更に肩を落としたのであった。



こうして、無事にかどうかはよく分からないが、新生茶道部は必要な人数の部員を集め終えた。しかし、本格的な活動を始めるためには、生徒会に提出した申請が受理されなくてはならない。

そこでまた一波乱が起きることを、今の彼らは知る由もなかったのである。



―終―


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