「あと1人……ですか」
「そうだ。あと1人入部しなくては、公式の部として認められぬのだ」
夕陽の差し込む教室の中央に、非公認茶道部の面々は集まっていた。これからの活動について話し合っているのだ。
茶道部には部長の元就を筆頭に、元親、市、明智の4人が所属することとなった。生徒会に公式の部活として申請するのに必要な人数は5人。あと1人入部すれば良い。
残り1人という状態ならば余裕だ、と元親は考えた。なんのかんの言いながらも、順調に部員は増えたのだ。ただ、その部員の人となりが問題だったりするのだが。
「なぁ、また明日やんだろ?今日は帰ろーぜ。なんだか疲れちまった」
疲れた、というのは本当のことである。元親は勧誘のためのビラを夜遅くまで起きて作っていたのだ。また、ビラ貼りのために学校中を駆け回ったり、変人の相手をしたりで精神的にも肉体的にもかなり疲労が溜まっていた。
そんな幼馴染みの訴えも何処吹く風とばかりに、元就は話を進める。
「今日中に残りの1人を入部させるぞ。一刻も早く公認の部として活動を始めたい。ザビーさ……茶道の素晴らしさを広く知らしめるためにな」
「今ザビーって言おうとしたろ」
口に手をあて咳き込みながら誤魔化そうとする元就に、元親は呆れたように肩を竦めた。
茶道部を始めるという話を聞いていた時にザビーが絡んでいるのは分かっていたので、元親はそれ以上突っ込まなかった。ただ、その心酔ぶりには驚くしかない。
毛利元就という男は一度言い出したらきかないということを、元親はこれまでの付き合いから身に染みて分かっている。
気付かれないようにこっそり帰ってしまおうか、などという誘惑に元親は少しだけ駆られる。
「フフフ……同じ部の仲間同士、一蓮托生ですよね。1人だけこっそり帰ろうなんて酷いじゃないですか……」
こちらに目を合わせずボソボソと呟く明智の言葉に、元親はビクリと身体を震わせた。この男は読心術でも心得ているのだろうか。横目で明智の方をチラリと見ると、それに気付いたのか彼も元親に視線を移した。互いに黙ったまま横目で見つめ合うという、なんとも気まずい状態に陥っていた。
そんな微妙な空気を作り出している二人のことなど気に留めることなく、元就は部長という権限を行使して勧誘続行を決定した。今さらながら、ロクでもないことに巻き込まれてしまったと痛感する元親であった。
「……今なら、まだ残ってる人もいるわ」
遠い目をした市が校庭の方を見遣って言う。彼女の言う通り、放課後とはいえまだ学校に残っている者もいる。その大多数は部活動に励んでいる者だろうが、部活をしていない――所謂、帰宅部の者も少なからずいる筈である。そのような帰宅部の人間を狙い打ちにするのだ。
ただ、片っ端から声を掛けていけば良いというものではない。下手な鉄砲も数を打てば当たるというが、それでは時間がかかるし、何よりこの人員でナンパをするかのように声を掛けられる筈がない。だから、なるべくなら1人に狙いを定めた方が良いのである。
そこまで一気に説明した元就は、右手の人差し指をピンと立てた。
「そこで、確実に入部させるための策をこれから説明する」
「策ぅ?取り敢えず入ってくれって頼みゃ良いんじゃねぇか」
「貴様は単細胞生物か。もう少し頭を使って生きようとは思わぬのか?」
訝しげな声を上げる元親を、元就は辛辣な口振りで一蹴する。そこまで言わなくても良いじゃねぇか、と元親は文句を言おうとしたが、元就から横腹に水平チョップをくらって黙り込んでしまった。
「周到に標的の目の前に釣り餌をぶら下げ、それに上手く喰らいつくように仕向けなければ完璧な勧誘とは言えぬのだ」
元就は狡猾そうな笑みを浮かべて言い放つ。その言葉に何故か明智も頷いていた。
勉強に関してのみを言えば、元就は校内でもトップクラスの優秀さを誇る。その頭脳をもっと別のことに役立てれば良いのに、と元親は思う。口に出せばそれなりの報復がくることが分かっているので、自分一人の胸に留めておくことにした。
「まず……標的が女子ならば長曾我部、そなたが行け。笑顔を絶やすでないぞ」
元就にビシッと指をさされ、元親はたじろいだ。指名された理由はなんとなく分かる。
自惚れているわけではないが、校内の女子にそこそこ人気があるのを多少なりとも元親は自覚している。そのことが理由で、生徒会の役員をしないか、と声をかけられたこともあった。見た目の良さを利用しろと、この幼馴染みは言いたいのだろう。
「標的が男ならば織田、そなたの出番だ。いざとなったら泣けば良い」
唐突に名前を呼ばれたにも関わらず、市は驚く素振りすら見せない。ゆっくりと元就の言葉に頷くだけだった。
市を男子生徒に当たらせるのは、あまり意味がないのではないか。彼女と性格と恋人である浅井長政のことを考えると、元親はそう思わざるを得なかった。
「明智よ、そなたは捕獲係だ。気味の悪いそなたが粘着的に絡めば逃げることなど出来まい」
「フフフ……お褒めに預かり光栄です」
「褒められてんのか、それ?」
ウネウネと奇妙な動きで照れを表現する明智を、元就と元親は渋面で見つめる。その気持ち悪さを有効に活用すれば絶大な効果を得られるだろうが、あまり関わりたくはなかった。
一通り策の説明を終え、元就は組んでいた腕をほどいた。それぞれに相応しい役割を与えられた駒、そして優秀な頭脳を持つ指揮官。。これで失敗する筈がない。自信に満ちた表情で、元就は声を上げた。
「では、早速勧誘に参るぞ!」
かくして、最後の一人を勧誘するために非公式茶道部の面々は出動したのであった。
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