校舎が夕陽に赤々と照らされている頃、元就たちは旧棟の部室に集まっていた。使われなくなった教室を再利用したこの部屋にいるのは、人間の男女3人に幽霊の男が1人。

部室に入るなり松永に気付いたらしい市は、彼がいる場所をジッと見つめていた。松永も興味深そうな目付きで市を眺めている。

なんとなく市ならば見えるのではないか、と元親は考えていた。その予想が的中して少しだけ驚いている。反面、松永が見えるのが自分だけでなくて良かったという安心感もあった。

「では、これに必要なことを記入するが良い」

数枚の紙を手にした元就が市に近付いてきた。早速入部届を書いてもらうつもりらしい。元就から紙を一枚受け取った市は机にそれを置いて書き始めた。

「何を始めるのかね」

暇を持て余している松永が元親に話し掛けてきた。何を始める、と訊かれてもどう答えて良いか分からない。部活動と言って、果たして通じるのだろうか。

「あー、なんていうか、皆で集まってお茶作って飲む、みたいなことすんだよ」

「ほぅ、茶道部再結成ということかね」

「なんでアンタ……って、そうか。前の茶道部の時からアンタいたんだっけか?」

あの茶釜の持ち主、というかそれに宿っていたような幽霊なのだから、前の茶道部のことを知っているのは当然だ。松永は聞いてもいないのに、彼がかつての茶道部にもたらした災厄を嬉しそうに語り始めた。

なんで変なヤツばかり集まるんだ、と元親は少しだけ溜め息を吐く。生きているにしても死んでいるにしても、だ。これ以上変人が寄って来ないことを祈るしかない。

その時、突然ガラリと教室の戸が開かれる音が聞こえた。

「ふふふ……ここは茶道部の部室……ですよね」

長い銀髪の男が部室に入ってきたのだ。その男を見るなり、元就と元親の表情が険しくなった。

男の名は明智光秀。この学校の生徒である。彼はその奇怪な言動によって校内で非常に有名な人物であった。

まずその見た目からして普通の生徒とは一線を画している。更に陰鬱な独り言を話し、気分が昂ると気味の悪い高笑いを始める。それが授業中だろうが集会中だろうがお構い無しに。時折、血を見ると興奮して手がつけられなくなる。教師からも生徒からも少し距離を置かれているという筋金入りの変態だ。

ここに来たということは茶道部への入部を希望しているのだろう。しかし、色々な意味で大変な明智を入部させるのは抵抗がある。

元就は有無を言わさず拒否することにした。

「帰れ」

「ふふ、酷いじゃないですか……何故来たのかも説明していないのに」

「言わずとも良い、帰れ」

ひたすら帰れと続ける元就は、密かに元親へ目配せをした。

幼馴染み故に相手が何も言わなくても、目を合わせるだけで言いたいことが大体理解出来る。だから、元就が今何を考えて目を向けたのかも元親は難なく分かった。こやつを摘まみ出せ、と言いたいに違いない。

力仕事は元親、頭を使う仕事は元就の領分であった。そんな役割分担が昔から2人の間で暗黙の内に成立していたのである。

一応元就に対して片手を軽く上げることで応えて、元親は明智の方へと近づいていった。元就の言うことを聞くというよりも元親自身に、明智にはあまり入部してもらいたくない、という思いがあった。これ以上変人はいらないのだ。

「実はですね……私も茶道部に入りたいのですよ」

「これ以上変なヤツに入られても困んだよ。ワリィけど他当たってくれや」

唐突に入部希望宣言をする明智の首根っこを捕まえて、元親は彼を教室の外へと摘まみ出した。首を掴まれた明智はくふくふと笑いながら外へと出される。いやに従順で、抵抗する素振りも見せなかった。

明智を廊下に置いて、元親は急いで中に入る。元就が扉を閉めた。2人でしっかりとそれを押さえ込む。再び明智が入ってこれないように。

「これで大丈」

「今度は此処からこんにちは……」

後ろの扉から入ってきた。すっかり後ろのことを失念していたのだ。怒りが一気に頂点へと達した元就は、眉を吊り上げて明智に向かって怒鳴った。

「えぇい、貴様が我が茶道部に入ることなど絶対に認めぬぞ!」

「……つれないですねぇ。私が入ることで、あなた方にも利益があるのですよ」

「なんだと?」

元就が聞き返す。自分たちの利益になるという言葉が気になった。ウネウネとその場で揺れている明智は、元就の反応に満足そうな表情をして語り始めた。

彼の知り合いに茶道に詳しい人物がいるらしい。その人物に頼み込めば師範として指導してくれるかもしれないと言うのだ。

元就は思った。ただの迷惑な変態だと思っていたが、中々役に立つ駒なのかもしれない。利用出来るものは如何なるものでも利用するべきだ。たとえそれが理解に苦しむ変人だとしても。要は己の采配で上手く操れば良いのである。

明智の言葉に迷い始めてしまった元就を見て、元親は松永のいた方を指差して言った。

「教えてもらうんだったら松永さんがいるだろ、っていねえぇぇ!?」

松永の姿は忽然と消えていた。現れては消え、いなくなっては姿を現す。その神出鬼没な様は、家庭の台所に出没する黒い生命体を彷彿とさせる。

「どこ行っちまったんだよ、松永さん?」

「松永さんにはあまり期待出来ぬな。指導してもらうならば生身の人間の方が良かろう」

すぐにフラフラと何処かへと蒸発してしまう実体を持たない幽霊よりは、変態の知り合いだという生身の人間に作法などを教えてもらった方がまだマシかもしれない。

「兎に角、そなたが茶道部に入部することは認めてやろう。ただし、妙な行動はするでないぞ」

元就は明智の入部を許可することにした。ただ変なことを起こさないように、その行動を逐一監視する必要があるだろうと密かに考えていたりする。

元親は黙って元就の言葉を聞いていた。部長の判断でもあるし、何よりこの幼馴染みが一度言い出したらきかない性格であることを熟知しているのだ。

「ありがとうございます。貴方とは良い友達になれそうな気がするのですよ……くくく」

元就の方を見ながら嬉しそうに明智が呟く。当の元就はその言葉を聞かぬ振りをして、明智から少しずつ距離を取るように離れていった。

「……書けた」

明智の登場のせいで、すっかり放置されてしまっていた市が入部届を持ってきた。

市からそれを受け取り、元就は教卓に置いてあった新しい入部届を明智に渡す。

「入部届だ。これに必要事項を記入するが良い」

「……分かりました。特別に血文字で書いて差し上げましょう」

「そんな気色の悪い特別などいらぬわ!」

元就と明智のやり取りを眺めていた元親は、ぐったりとした表情で椅子に座っていた。類は友を呼ぶ、という諺は真理なのかもしれない。そんなことを考えながら。



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