翌日。元親から部員募集のビラを見せられた元就は珍しく感嘆の声を洩らした。

「どうだァ?自信作だぜ」

紙の上に散りばめられたパステルカラーの桜と団子、そして茶碗。中央上部には可愛らしい文字で「茶道部部員募集中!」と書かれている。

元親がこれを作ったと言われて、すんなり信じる者は多分いないだろう。

「流石は元姫若子といったところか」

「一言余計だっつーの」

素直に誉めることが出来ないのは、流石は元就といったところである。

元親が作ったビラは20枚ほどあった。これを昼休憩の間に学校中の掲示板に貼る、と元就は告げた。

「え、昼メシどうすんだよ?」

「素早く行動すれば昼が終わる前に回りきれる。昼食を食べたいのならば、きびきびと動くが良い」

そう話す元就の手に握られているのはカロリーメイト。貼って回る間、隙を見つけて食べるつもりなのだろう。

家から弁当を持参している元親は途中で食べることが出来ない。無理矢理食べながら移動出来ないことはないが、食事くらいゆっくりと座って食べたいのだ。ずりぃ、と不平を洩らす元親の襟を引っ掴み、元就は意気揚々と教室を出ていったのであった。



それは15枚目を貼り終え、残りをラストスパートで乗り切ってやると元親が奮起した時に起きた。

「茶道部……やるの?」

髪の長いおとなしそうな女生徒が話し掛けてきた。どうやら元就と元親が貼っている紙を見て関心を持ったらしい。

女生徒の姿を見て、元就は心の中でほくそ笑んだ。部員を集めるには女がいた方が良い。更に見目の良い女生徒ならば狙って入ってくる男子生徒もいるだろう。芋づる式に部員を集めるには格好の餌となりそうな女生徒である。

元親はといえば、男だけではむさ苦しいので一人でも良いから女生徒が入ってきて欲しいと思っていた。

そんな2人の思惑など知る由もない女生徒は、掲示板に貼られた紙を見つめている。

兎に角、早い内に勧誘して入部させた方が良い。そう考えた元就は引きつり気味な愛想笑いを浮かべて彼女に話し掛けた。

「お主、名前は?」

「織田……市……」

その名前を聞いた元就は、彼女を見つめたまま固まってしまった。

織田市。この学校の校長・織田信長の妹である。噂にはよく聞いていたが、姿を見るのは初めてだった。

更に彼女には色々な意味で有名な恋人がいた。名を浅井長政という。剣道部に所属している。正義を重んじるという今時の若者にしては珍しい性格の持ち主であるが、それが時々行き過ぎて周りに迷惑を掛けていた。しかも、市に近付く不逞の輩がいないかと毎日目を光らせており、少しでも近付く男がいた場合には市の見ていない所で削除という名の八つ当たりをしていると聞く。そうかと思えば、普段は市に対して冷たい態度を取るという複雑な愛情を見せる男だった。

織田信長に浅井長政。個性的過ぎる2人と関わりのある少女を入部させて果たして大丈夫なのだろうか、という疑念が元就の心に生じた。何気なく隣の元親に視線を向ける。何にも考えていないように大あくびをしていた。腹が立ったのでその足を思い切り踏みつけてやった。

「……市も入りたい」

本来ならば喜ぶべき申し出なのだろうが、これからの活動のことを考えると不安になる。ここは断っておいた方が上策だろう。

ふと市に目を向けた元就はハッと息を呑んだ。市の背後にある壁に隠れて浅井長政がこちらを凝視していたのだ。どうやら市と話している元就たちを睨んでいるらしい。

市がいなくなってから元就たちを削除しにやってくるつもりなのだろう。チラチラとこちらを伺いながら、竹刀を準備している。そんな男の前で入部を許可したら更に怒りを募らせて殴り込みに来るかもしれない。

やはり断った方が良い、と考えた元就が口を開こうとした時、成り行きを見ているだけだった元親が市に尋ねた。

「アンタ、何で入りたいんだ?」

「長政様に……市の入れたお茶を飲んでもらいたいの。部活で疲れてるみたいだから……」

その言葉を聞いた途端、長政は驚いたように目を見開いた。元就と元親も驚いている。惚気にしか聞こえないようなことを、こうもはっきりと言うとは思っていなかったからだ。市は相変わらず無表情のまま元就を見つめている。返事を待っているのだろう。

しばらく沈黙が流れた。

呆然としていた長政は少し逡巡した後、スッとどこかへ行ってしまった。大方照れて逃げ出したに違いない。元就は何となくそう思うことにした。

ぼんやりと長政が消えて行った方を眺めていた元就に、元親が笑顔で話し掛けてきた。

「入りたいっつってんだから良いよな、元就?」

「ふん、貴様が決めることではないわ。しかし、早急に部員を集めねばならぬからな。入りたければ入るが良い」

「よろしく……ね」

どんな生徒だろうと自分が御すれば良いことだ。そう考えた元就は市の入部を認めることにした。元就と市のやり取りに、何故か元親が嬉しそうに顔を綻ばせていた。

放課後に旧棟一階の茶道部部室に来るよう伝え、元就たちはその場から立ち去った。その時に入部届を書いてもらうつもりである。

取り敢えず1人は確保出来た。残りは2人。この調子でいけば明日にでも揃うかもしれない。そんなことを考えていたら、チャイムが聞こえてきた。昼休憩の終わりを告げるチャイムである。

「ああぁぁ、昼メシ食ってねえぇぇ!」

元親の叫びが廊下中に響き渡ったのだった。



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