一体何があったのか。元親が尋ねると、元就はポツリポツリと説明し始めた。
――30分ほど前、元就は生徒会室の扉の前に立っていた。茶道部認可に関して話があると言われ、生徒会室に赴いたのだ。
軽くノックをして中に入ると、会長以下各役員が勢揃いしていた。これは只事ではない、と元就は直感的に思った。簡単には許可を貰えなさそうだ。
「やぁ、待ってたよ、元就くん。こちらに座って」
生徒会のブレーン的存在の半兵衛が言う。この男だけは注意しなくてはならない。
顔が良くて人気のある生徒を、生徒会役員として集めたのは半兵衛だ。そして、半兵衛は彼らを後ろからコントロールしている参謀というわけである。
誰かからそうだと言われたわけではないが、薄々そのことに気付いていた。非常に狡猾で油断ならないという部分では同族だと、接しているうちに感じていたのかもしれない。そして同族だからこそ、苦手意識のようなものもある。
ともかく、これから何を話すのか。元就にとっては有難くないことなのは、容易に想像出来る。半兵衛に進められた席に腰を下ろした元就は、早速本題を切り出した。
「茶道部の認可について話があると聞いたのだが」
「そう、そのことなんだけど、詳しくは会長から説明してもらおうか」
にこりと半兵衛は笑って、政宗に視線を向けた。副会長である自分が出しゃばる必要はないと、暗に言っているのだろう。
半兵衛に振られて、政宗は元就の方を一瞬見た後、片手を上げて椅子の背にもたれかかった。
「Ah、まどろっこしいのは面倒だから簡単に説明するぜ」
「なんだ、早く言え」
「俺たち生徒会とアンタら茶道部で茶の湯勝負する。アンタらが勝てば認める。負ければ認めない。OK?」
何がOKなものか。元就の表情が険しくなる。勝手にそんな条件を付けられて、はい分かりましたと素直に了承することは出来ない。
「何ゆえ、そのような勝負などをせねばならんのだ!」
公式の部活動としての許可を申請をすれば、大体は認められる。いや、大体ではなくほとんど全てに許可が下りてきたはずである。それなのに、何故茶道部だけは茶の湯勝負などでそれを決められなくてはならないのだろうか。
元就は納得出来なかった。その理由を詰問すると、政宗はニヤニヤとした笑みを浮かべて答えた。
「こう言っちゃなんだがよ、茶道部って変なヤツばっか集まってるだろ?問題起こしそうなヤツも数人いるしな」
そうストレートに言われると、言い返せないのも事実である。あの明智を筆頭に、市、元親、小太郎といった癖の強い生徒ばかりが集まっているのだ。もちろん元就自身はその中に換算していない。
反論することが出来ず、元就がグッと唇を噛み締めていると、近くに立っていた佐助が苦笑しながら言ってはならない一言を口にした。
「あのザビー先生が顧問ってのもねぇ。絶対なんか起きそうだよね」
「貴様、ザビー様を愚弄するのか!?」
元就は声を荒げて席を立った。真実の愛というものを元就に教えてくれた伝道師たるザビーを馬鹿にすることは、その逆鱗に触れる行為である。
怒り心頭の元就は座っていた椅子を抱え、佐助に向かって投げつけようとした。それを慶次が必死で止める。
「ちょ、ちょっと落ち着きなよ!」
「取り敢えず落ち着いて、元就くん。そうだ、お茶でも入れてこようか」
フッと笑って、半兵衛は生徒会室の奥へと向かっていった。何か物凄く馬鹿にされたような気がして、元就の頭が急激に冷えた。
ここで諍いを起こして、ヘソを曲げられ茶道部の活動を全く認められなくなってしまったら元も子もない。元就は大人しく椅子を床に置いて、再びそれに腰かけた。
「……茶の湯勝負をして、我らが勝てば公式の部として認めるということだな?」
「そういうこった。でもな、それだけじゃ俺たちが勝っても、何のmeritもねぇだろ?」
政宗の含みを持たせたようなもの言いに、元就ははたと気付いた。さらに何か条件をつけようとしているのではないか、と。
これ以上、条件など付けられては堪らない。話を逸らして有耶無耶の内に終わらせてしまう、という作戦を一瞬で考えた元就は周囲を見回す。そこにはちょうどいいカモがいた。
「待て、真田が寝ておるぞ」
後ろの方に隠れていて今まで気付く者はいなかったが、幸村は壁に背をもたれたままぐーすかと眠りの世界に旅立っていた。なかなか器用な男である。
「いつものことだから気にしないで」
幸村のお目付け役とも言うべき佐助が、真剣な表情で懇願する。この男も大変だな、などと自分のことを棚に上げたような感想を元就は抱いた。
人の話を真剣に聞かぬような奴が生徒会にいるのは気に入らない、と喚きたてて話を逸らしてしまおうかなどと元就が考えていると、呆れたように幸村を見ていた政宗が口を開いた。
「ま、話を戻すが、こっちにも何かmeritが欲しい」
政宗が無理やり話題を戻した。このままでは話が進められてしまう。何か誤魔化せるような話題はないものか、と考えていた元就はとある人物のことを思い出した。
「待て、前田の後ろにおるのは……」
政宗の話を途中で遮り、元就は慶次の後ろの壁を指差す。政宗と佐助がそちらを向いた。当の慶次は何が何だか分からないという面持ちでパッと後ろを振り向くが、そこには何もいない。
「一体なんだっての?誰もいないよ」
「そなたには見えぬのか?ほれ、そこにおるではないか」
驚きと恐怖の入り混じった表情で、元就は慶次の背後の壁を指差した。少々大袈裟な演出ではあるが、彼らの興味を惹かせるには十分であった。
「だ、誰がさ?」
「松永さんだ」
元就の一言に、慶次は顔を引きつらせてその場から飛び退く。毛利の言葉に興味を持ったらしい政宗が食いついてきた。
「誰だよ、それ」
「松永さんは茶釜に取り憑いた悪霊のようなものだ」
元親が言っていたのとは少し違うが、似たようなものだ。その言葉を聞いた政宗は胡散臭いと言わんばかりの表情をしている。
別に松永のことを信じてもらおうなどとは思わない。話題を逸らせることが出来れば良いのだ。少し考えた後、元就は更に話を飛躍させ始めた。
「学校の七不思議というのがあるだろう。その4.5あたりに位置するのが松永さんだ」
「すっげぇ中途半端だな」
「てゆーか、ここの学校に七不思議なんてあんの?」
元就の口から出まかせ攻撃によって、話題が逸れ始めた。この調子でいけば、有耶無耶のうちに話を終えることが出来るに違いない。
学校の七不思議などの怖い話に興味を持たない生徒はいない。このような話題になれば、自然と食いつきが良くなるのを見越して、元就は話に出したのだ。
「えぇ、佐助知らないの?」
「なんだ、慶ちゃん知ってんの?もしかして、会長も?」
「Ha、俺だって知ってるぜ。この学校のseven mysteries、まず最初は喋る校長像ってヤツで、校庭に置いてある校長の銅像が是非もなしとか何とか喋るらしい」
「織田のおっさんが後ろに隠れて喋ってんじゃないの、それ?」
元就の思惑通り、変な方向に話題が逸れつつあった。この3人は特にノリが良いので、くだらない話題でも延々と話していることが出来る。
何とも扱いやすい連中よ、と元就は心の中でほくそ笑んでいた。
――しかし。
「トイレの花子さんとやらがおるだろう。それと同じで茶釜の松永さんというのがおるのだ」
「花子さんでも松永さんでも何でも良いけど、もう一つの条件は話し終わったかい?」
カチャリという陶器同士が当たる音と一緒に聞こえてきた声に、元就は眉間に深い皺を寄せたのであった。
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