最後は1組だ。1組には政宗と慶次がいる。英語の得意な政宗がいちいち英和辞典など持っているとは思えない。だから、頼みの綱は慶次。だが、そんなに期待できない。取り敢えず聞いてみるだけ聞いてみようという心持ちで臨むつもりだ。

目的の人物らは廊下にいた。真剣に何かを話し合っているようだ。珍しい光景である。明日は槍でも降るのではないかと心配になってしまう。

「おーい、会長に前田の慶ちゃん!」

手を振って、2人を呼ぶ。それに気付いた慶次が、佐助に向かって手を振り返した。

急いで2人に駆け寄っていくと、政宗がニヤリと笑って佐助を指差した。

「Sだな」

「えすだね」

二人同時に発した言葉の意味がよく分からない。面食らったような表情で固まっていると、親切にも慶次が説明をしてくれた。

「今さ、みんなSかMかどっちだろうって話をしてたんだよ」

「なるほど、サドのSってことね」

話の筋には得心はいったが、何故自分がSと言われるのか理解出来ない。政宗も慶次も佐助の方を見て、何故かニヨニヨ笑っている。そんなに面白いことだろうか。

「なんで俺がSなのさ?」

「人当たりが良くていつもsmileyな猿飛くんは、実は密かにSなんじゃないかと思うわけよ」

「そうそう、顔では笑いながら誰か虐めるの好きなんじゃない?」

示し合わせたかのように、2人は同じような内容のことを連続して言う。笑顔で誰かを虐めるのが好きだなんて、言い掛かりも良いところだ。

しかし、こう言われてばかりでは腹が立つ。2人して自分をSだと言うならば、その姿を見せてやろうじゃないか。そう考えた佐助は反撃を開始した。

「俺がSってんなら、慶ちゃんはドMだね」

「なんでだ?俺は虐められて喜びはしないよ」

友人の半兵衛にキツイことを色々言われているのに、黙ってニコニコ笑っている慶次は誰から見てもマゾだろう。政宗や佐助が言っても然りである。

「分かるぜ。お前ってMの気あるだろ?」

「そぉんなコトないって!」

早速仲間割れを始めた。やはり政宗も同じように思っていたようだ。政宗の一言に、慶次は慌てて否定する。

慶次の動揺した様子に佐助は溜飲を下したが、まだ一人残っている。攻撃対象は慶次だけではない。

「で、会長はSに見せかけて、実は慶ちゃん以上にMじゃないのぉ?」

「な、何言ってやがんだ!オレは虐められるより虐める派だっつーの」

意表をつかれたのか、政宗は狼狽しながら手を横に振って否定する。その慌てぶりは、墓穴を掘っているようにしか見えない。

「でもさ、いじられるとなんか嬉しそうだよね、政宗っていへへ……」

「んなコトねーよ!」

慶次の一言にキレた政宗は、その頬を両手で左右に思い切り引っ張った。

佐助はハッと気付いた。SM談義に花を咲かせている場合ではない。ムギュギュと慶次の頬を引っ張る政宗を止めて、佐助は本題に入ることにした。

「そうだ、辞書辞書、英和辞典貸してよ」

「んなもん持ってねぇよ。オレにゃ必要ねーからな、Ha!」

そこまで堂々と言われると、突っ込みを入れる気すら起きなくなる。流石は英語のテストだけ毎回1位を取っている人物だ、としか言いようがない。

「慶ちゃんは……持ってないよねぇ?」

「しっつれーな!こう見えても辞書ぐらい持ってるよ」

憤る慶次の言葉に、佐助は目を丸くした。政宗も隣で驚いている。元親と同じで真面目という言葉からほど遠い人物だと思っていたが、思わず見直してしまった。

辞書を持っているというなら話は早い。佐助は交渉を開始する。

「じゃ、貸してくんない?」

「今は家にあるんだ。持ち歩いてねーけど、辞書ぐらい持ってんだよ俺でも」

「持ってるってそういう意味の持ってるじゃなあぁぁい!」

どうやら慶次は佐助の質問を勘違いしていたらしい。英和辞典自体を持っているかどうか尋ねたわけではなく、今現在学校に持ってきているかを訊いたのだ。今必要としているのに、家にあると言われてもどうしようもない。

ガクリと肩を落とした佐助は、気を取り直して例の飴を配ることにした。

「あぁ、そうだ、コレ良かったら食べてちょうだいよ」

「ありがとさん、ってこんなに良いのかい?」

出血大サービスで、残り全部を渡すことにした。言いたい放題言ってくれたお礼である。両手いっぱいに飴を持った慶次は満悦顔だ。政宗はポケットというポケットに飴を突っ込んでいる。

その中身がどんなものかも知らないで呑気なことよ、などと悪代官のようなことを考えて、佐助は心の中でほくそ笑んでいた。中身がバレないうちに、さっさと退散した方が良い。

「じゃあまた生徒会室でね」

そう言い残して、佐助は廊下を走り始めた。取り敢えず、めぼしい知り合いにはあたり尽くした。そして、収穫はナシ。

そもそも朝登校する前に、英和辞典を鞄に入れたのは確認した記憶がある。一旦戻って、もう一度鞄や机の中、ロッカーの中を探してみようと思った佐助は5組の教室に向かった。

自分の教室に戻ってきて、机の中をガタガタと探っていると、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

「探したぞ、さすけえぇぇぇっ!」

「そんな大声で呼ばなくても聞こえてるよ、旦那……っていうかソレ」

幸村の姿を目にした佐助は、目をパチクリさせた。幸村の手には探していたはずの英和辞典が握られていたのだから。

「ねえねえ、それ俺のだよね?」

「うむ、先刻借りたのを返しに来たのだ!」

その言葉だけでは事態が把握できない。幸村に詳しく聞いてみると、先ほどの授業で英和辞典が要ると前から言われていたことをすっかり忘れていたため、急遽佐助の辞書を借りたのだという。

「借りるなら借りるで、なんか一言言ってくれれば良かったのに」

「俺が5組に来た時にはいなかったからな。だから、その旨を机に書いておいたのだが」

幸村は佐助の机に書かれた謎の文字列を指差した。異星の言語かと思っていたが、これは幸村の残したメモだったのだ。

「そういう大事なことは、読める字で書いてください」

佐助は渋面で幸村に告げた。言われた当の本人は、特に気にすることなく笑っている。これから幸村語を解読出来るようにならないといけないようだ。

「お陰で辞書借りに走りまわっちゃったよ」

「おぉ、お前が来たとかすが殿や風魔殿、政宗殿から聞いたぞ佐助!俺もお前を探していたからな!」

擦れ違い行き違い、というより追いかけっこになっていたらしい。こんな狭い範囲で移動していたのに、その間一度も顔を合わせなかったことに佐助は驚いた。

何はともあれ、目的のものが手に入った。これで片倉の授業も乗り切れるはずだ。

幸村は佐助に辞書を返して、佐助は幸村から辞書を受け取って一件落着した――かのように見えたが、人生そう甘くはなかった。

「これは詫びと言ってはなんだが……」

そう言いながら、幸村はポケットの中から何かを大量に取り出した。

ドササと机の上に落ちてきたのは、配布し回ったはずの例の飴。佐助は思わずキョトンとした表情でそれを凝視してしまった。

「お前を探していたら、こんなに飴を貰ってな。貰いもので悪いが、良ければ食べてくれ!」

少し数が減っているのは、受け取った者たちが食べたからだろう。その味を知って、皆して幸村に押しつけたに違いない。

佐助はしばらく放心したように立ち尽くしていた。とにかく幸村に事情を説明して、いや口八丁で誤魔化して飴を受け取ってもらうべきである。

「いや、あのね、旦那、これね、俺がね」

「礼などいらんぞ!迷惑かけてすまなかったな、佐助!」

しかし、幸村はそう言って教室から出て行ってしまった。相変わらず人の話を聞かない暴走超特急ぶりを見せている幸村に、佐助は深い深い溜め息を吐いた。

机の上に散らばっている、いくつかの茶色い物体に視線を移す。廻り廻って佐助の元に帰ってきた飴。因果は巡るというが、これも何かの運命なのだろう。悪いことは出来ないもんだね、と佐助は自嘲気味に笑った。

しばらくの間、チョコみそカレー味の呪縛からは逃れられそうにないようだ。



―終―


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