次に目指すは2組である。2組には小太郎がいる。小太郎なら持っているに違いない。無口な分、ドが付くほどの真面目な幼馴染みの顔を思い出しながら、佐助は階段を駆け下りていった。

階段を下りる途中で、浅井長政と市が一緒にいるのを見かけた。長政ならば辞書を持っているのではないかという考えが一瞬浮かんだ。しかし、忘れ物をするなど悪、と言って削除という名の風紀的制裁をされる可能性が高い。

それに、佐助は恋人同士の語らいと邪魔するほど野暮な人間でもない。人の恋路を邪魔したならば、馬に蹴られて死んでも文句は言えないだろう。

青春っていいねぇ、などと若者らしからぬことを思いながら、佐助は2組の教室に飛び込んだ。

「こったろー……」

2組の教室に入って元気よくその名前を呼んだつもりが、尻すぼみになってしまった。それは、小太郎と一緒に明智がいるのを見たからである。

明智に関しては、知らない人の方が珍しいくらいに有名だ。そのベクトルがかなり負の方向に向いているが。変態という言葉を聞いて、10人中10人は明智を思い浮かべるだろう。

何故、あの小太郎とあの明智が一緒にいるのだろうか。知らぬ間に友人となってしまったのだろうか。様々な不安に襲われながらも、佐助は小太郎に近付いて行った。

「ふふふ……こんにちは」

「あ、あはは、どうも」

何と挨拶して良いか分からず、愛想笑いで誤魔化しながら明智に軽く会釈をする。あまり話したことがないし、話したいとも思わない。普通に接すれば良いのだろうが、これまでに聞いた噂のせいでなんとなく構えてしまうのだ。

ふと見ると、小太郎も困りきった顔で明智を見ている。おそらく明智が小太郎に纏わりついているだけなのだろう。

取り敢えず明智のことは周囲を浮遊している自縛霊かなんかだと思って、佐助は本題に入ることにした。

「小太郎、悪いんだけどさ、英和辞典貸してくんない?」

佐助は両手を合わせて頼む。しばらくジッと考え込んでいた小太郎は、おもむろに掲示板に貼られている時間割表を指差した。

「あ、もしかして今日英語ないの?」

佐助の問いに、小太郎はコクリと頷く。これは盲点だった。英語の授業がなければ辞書も必要ない。英和辞典はなかなか重量があるので、意味もなく持ってくるのは余程の被虐趣味か、ただの馬鹿だと思う。

そんなコトをつらつらと考えていると、突然ポンと肩を叩かれた。何かと思って佐助が振り向くと、そこには英和辞典を手にした明智が立っていた。驚きで一瞬息が止まるかと思った。

「英和辞典なら、持っていますよ……」

ニヤニヤと笑いながら辞書を差し出してくる明智に、佐助はどう対処したら良いか分からない。思わず小太郎の方を見た。小太郎は困ったような仕草で頭を掻いている。

英和辞典は借りたい。だが、この人物から借りても良いのだろうかと不安になる。校内でも随一の奇人ぶりを発揮する明智から物を借りて、何か起きたりしないだろうか。

しかし、毛利のようにとんでもない交換条件を出されているわけではない。ただの親切心から貸してくれると言っているに違いない。佐助はそう考えておくことにした。

藁にも縋る、というのはこういう状態を表すのだろう。

「あ、じゃあ、借りてもいいかな」

「ふふふ……どうぞ」

おずおずと右手を出して、佐助は明智から英和辞典を受け取った。何故か少ししっとりしている気がする。

そして、手渡された辞書を開いて流し読みし始めた。先ほどのかすがのことがあるから、確認しておいた方が良いと判断したのだ。

ページを進めるうちに、だんだんと佐助の頬が引きつっていく。

killだとかdeathだとかbloodだとか、ちょっと怖い単語にラインが引かれている。それだけでも恐怖を感じるのだが、さらに余白によく分からない呪文のような文字が書かれていた。黒魔術でもしているのだろうか。

こんな辞書を片倉に見られたら、指導室に呼ばれかねない。いや、悩みでもあるのかと相談室に連れていかれるかもしれない。それ以上に、持っているだけでなんだか呪われそうな気がする。

「あ、あの、これやっぱ遠慮しとくね」

「そうですか……残念ですね」

恐る恐る返すと、明智は目を細めて呟いた。本当に残念そうな表情をしている。こんな辞書を佐助に貸して、何がしたかったのだろう。

「あ、そうだ、お二人さんにコレあげる」

「これは、ありがとうございます……」

佐助はあのチョコみそカレー味の飴を6つほど取り出して、小太郎と明智に手渡した。飴を受け取ると、小太郎はペコリとお辞儀をした。明智はそれを天にかざして眺めている。変わった喜び方だ。

明智に絡まれている小太郎に、頑張ってねの意味を込めたウィンクをして、佐助は2組から出て行った。



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