窓枠に手をやり、窓の外へと視線を向けていた半兵衛は流暢に言葉を紡ぎ続ける。

「まず顧問。君たちも知っているだろう?ザビー先生の問題は」

半兵衛に言われ、佐助は大きく頷いた。

宗教学を教えているザビーは外国からこの学園に招聘された人物である。アチラの国では、高邁な理想を持つ宗教家として有名だった。そんなことを本人は触れて回っているが、怪しいものだと生徒はみな感じている。自称する人間ほど疑わしい者はいない。

こんな風に、ただあることないことを吹聴するだけならばあまり害はない。ザビーの一番の問題は、オリジナルの宗教を校内に広めようとしていることだった。自身の名をとって「ザビー教」と呼んでいるその胡散臭い宗教について、授業中だろうが何だろうが語り始める迷惑極まりない教師なのである。

更に、やれ愛を信じなさいだの、愛は死にましぇんだのと意味の分からないことを宣いながら、気に入った生徒に声を掛けてザビー教に入信させようとする。これまでに被害に遭った生徒は数知れず、そして入信してしまった生徒も極めて少数だがいる。しかも、生徒だけでなく教師や事務員・用務員にまでザビーは魔の手を伸ばしていた。

あの毛利元就がザビー教に入信したと話題になった時、一部では洗脳されたのではないかと密かに囁かれていた。元就以外にも島津義弘という用務員の老人がその餌食になった。気さくで豪快な性格から生徒受けも良い人物だったが、入信してからは用務員室に飾ったザビーの肖像画に向かって熱心に手を合わせていて気味が悪いと噂になっていた。

実際のところ、ザビーに関しては彼に目をつけられず、また自分から関わろうとしなければ特に何かがあるわけでもない。しかし、要注意人物として筆頭に挙げられている人物であった。

「顧問からして尋常じゃない。そして、部長の元就君。彼は変人の類と言っても過言ではないよ」

政宗も元就については元親からよく愚痴を聞かされていた。また元親を通じて、多少は親交らしきものもあった。

ワケの分からない騒動に巻き込まれたり虐げられたりしながらも、愛想を尽かすことのない元親は真性のマゾなのではないかと思っている。

「ザビーにハマる前から、日輪がどうとかワケ分かんねぇこと言ってやがったしな」

「頭のキレる馬鹿ってヤツだね」

佐助の言葉は矛盾を孕んでいたが、元就の性格を実に的確に評していた。全くその通りだと政宗も思う。そして、そういう輩こそ最も質が悪いとも思っていた。

「元就くんと僕は結構似てると思うんだ」

「なぁんとなく分かる。策士タイプってヤツでしょ」

柔らかい笑みを浮かべていう半兵衛を指差しながら、佐助は軽い調子で言った。

元就と半兵衛の似ている点、それは佐助の言う通り体力ではなく頭脳プレーを得意とするという部分であった。

元より半兵衛は体力のある方ではない、というより病気がちで体が弱かった。だから、己の知能を最大限に利用して生きてきたのだ。元就は体が弱いわけではないが、半兵衛と同様に知恵を駆使している。

「でも、確実に違う部分がある。僕は変人じゃない」

「自分で言うか」

茶化すように政宗が突っ込みを入れた。

元就ほど変人だとは言わないが、半兵衛も変わっている方だと政宗も佐助も思っていたりする。秀吉に心酔しているあたりが特にそうだろう。

「あと、元就くん以外にも問題児はいる」

「明智光秀……に、織田市か」

げんなりした表情で政宗は呟いた。

明智と市。どちらも負のオーラに包まれているような人物だ。しかも、何を考えているのか分からないという面までそっくりである。更に明智は言わずと知れた極度の変態であるし、市には漏れなく長政が付いてくる。

ザビー、元就に加えて、そんな2人がいる茶道部は最早学園の色物代表と言っても過言ではなかった。

「ま、彼らの中で唯一マトモそうなのは小太郎くんぐらいかな」

「ほんっと、小太郎も大変なのに巻き込まれちゃったよなぁ」

心の底から同情したように佐助は言う。彼と小太郎は昔から付き合いがあり、よく一緒にいるのだ。

まともなのは小太郎だけ――巻き込まれながらも本気で嫌がっていない時点で、元親も元就たちと同類だと見なされている。

コホン、と一つ咳払いをして半兵衛は続けた。

「本題はここからだよ。顧問、そして部員の8割が危険人物で構成されている部が問題を起こさないわけがない」

半兵衛の言う通り、変人が集まりに集まった茶道部が何か問題を起こすであろうことは容易に想像できる。

これで何も起きなかったら、それこそ奇跡と言えよう。

「もし彼らが何らかの問題を起こした場合、許可を出した我々生徒会の責任問題となる。問題を起こしそうだと分かっていながら許可を出したんだからね」

まさしく半兵衛の言う通りである。何故生徒会が許可を出すかと言えば、公認の部として相応しいかをチェックしてふるい分けるためであった。

教師では知り得ないような生徒個人の情報を、生徒自身ならば聞くことが出来る。そこから是非を判断する機関として、生徒会が機能しているのだ。

「それにね、新たに部が増えるというのは会計的側面から考えたらどうだい?」

佐助に視線を向けて、半兵衛は畳み掛けるように尋ねた。

突然の指名に佐助は驚いた表情を見せる。

「あー、そうだねぇ。会計的にはちょいキツイかな?ただでさえ各部の予算配分で毎年紛糾してるし」

佐助は顎をポリポリと掻きながら答える。会計は各部に対する部費の配布を行っているので、そこでの要望やら苦情やらを一手に引き受けている役職である。

決められた予算の中で如何にバランスよく分配出来るか、また苦情がきた場合に如何に上手く処理するのかという問題に頭を悩ませている会計職の苦労は計り知れないものであった。

更に言うなら、学校にとって宣伝になったり目に見えて実績が分かるような運動部が増えるなら兎も角、茶道部という何の益にもならないような部活が増えても予算の無駄になる、とも半兵衛は考えていた。

益どころか、害になる気配が濃厚なのだから況んやである。

「じゃあ、茶道部は公式として許可しない、ってコトか?」

政宗は少し不機嫌そうに尋ねた。許可しないならしないと、最初からはっきり言えば良い。敢えて回りくどく誘導するような説明に少しばかり苛立っていた。

そんな政宗の様子など意に介することなく、半兵衛はにこやかな笑みを浮かべていた。会長の気の短さには慣れている。そして、人差し指をピンと立てて頷いたのだった。

「そういうこと、と言いたいところだけどね。1つ考えていることがあるんだ」

「まーた良からぬことでも企んでるな、アンタ」

口ではそう言いながらも、満更ではなかったりする。面白いか、面白くないか。半兵衛の企む良からぬことは、大体前者だったのだから。

興味を示す政宗を見て、面倒事はゴメンだぁ、と佐助は一言ぼやいたのであった。



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