暑いという言葉を思い浮かべると、余計に暑くなるから何も考えない方が良い。暑い時によく言われる言葉だが、確かにその通りだと思う。しかし、理屈で分かっていても、この異様な暑さの前では全く無意味なワケで。



夏の第六天魔王



梅雨が終わり、今年も夏がやってきた。梅雨明け宣言は、暑さに弱いオレにとって地獄の始まりだった。

雪国でずっと暮らしていたため、本格的な夏の暑さなどこれまでほとんど経験したことがない。だから、寒さには強くても、暑さには滅法弱い質なのである。

ミンミンと重なり合っている蝉の声に辟易しながら、オレは歩いていた。特に目的があるわけではない。ただ涼を求めて、さまよい歩いている。部屋はダメだった。あそこは灼熱地獄となっている。まさに現し世の地獄と言っても過言ではない。

そんな地獄から脱出したは良いが、オレには行く宛などなかった。coolerのガンガンに効いている大学の図書館に行こうと思い付いたが、猿飛から毛利が既に行っているという情報を得たので止めた。毛利が関わるとまた何かしら厄介ごとに巻き込まれる気がしたからである。図書館で日輪同好会の新会員を勧誘するから手伝え、などと言われかねない。だから、涼しい大学の図書館は諦めざるを得なかったのである。

こういう時にalbeitが入っていれば良いのだが、如何せん運悪く今日は非番の日となっていた。たしか元親が入っているはずである。からかいにでも行こうかなどと考えたが、かすがの顔が思い浮かんだ時点で止めた。触らぬ神に祟りなし、という諺もあるのだ。上杉絡みで当たり散らされるのは面倒である。

というわけで、目的地もなくブラブラとオレは商店街を歩いているのだ。暑さから逃げてきたはずなのに、炎天下にいるため暑さからは逃げ切れていないも同然である。このままでは日射病か何かで倒れそうだ。帽子ぐらい被ってくれば良かったと後悔する。

気分としては、砂漠で行き倒れかけている旅人だ。ふと視線を上げると、その先には行き付けの喫茶店があった。喫茶・本能寺と書かれた古くさい看板を見て、オレのoasisだ、と思わず叫びたくなる衝動に駆られた。しかし、こんな場所でワケの分からないことを叫べば、周りからヤバい奴だと思われそうだったので、なんとか押し止めた。

この店はオレの心のoasisである。おかしな連中に日夜振り回されて荒んだ心を癒してくれる空間、それがこの喫茶店だ。ここなら、coolerも効いていて涼しいだろう。数百円の出費はするが、冷たいものでも頼んでゆっくりと涼みたい。

フラフラと、まるで火に誘われる夏の虫の如く、オレは店の扉に向かっていった。扉を開けようとした瞬間、視界の隅にあるものを捉えて驚愕した。

青い背景に氷という赤い文字が書かれた吊旗。そう、この店にかき氷が売っていることを示す証である。かき氷――暑い時には欠かせない、冷たい食べ物の代表格があると知った瞬間、menuが決まった。これしかない。

coolじゃねぇか、などと嬉しさのあまりよく分からない呟きを口にして、オレは店の中に入った。冷風に全身が包まれる。暑さで死んでいた細胞の一つ一つが一気に蘇るような感覚だ。部屋からここまでの道のりを、必死に歩いてきた甲斐があった。

「いらっしゃい」

着物を纏ったwaitressが声をかけてきた。何回も来店しているので、いつの間にか馴染みの客となっていた。時々、日常的な会話を交わすようにもなり、かすが以外の女の知り合いというのが出来たのだ。しかし、予想していたとはいえ、人妻だったのが残念である。

その人妻の旦那といえばこれまた変わった人物で、接客業のはずなのに愛想の良い所など見たことがない。今日も奥の方からいらっしゃいませという言葉ではなく、是非もなしという力強い声が聞こえてきた。これはmasterなりの歓迎の言葉なのだ。詳しくは分からないが、そう思いたい。

オレはいつもの席に向かった。店の一番奥にある2人用の席は、vip席と言っても良いだろう。店の外の喧騒からは遮断され、店の中においても少しだけ隔離されたような空間。美味しいcoffeeと落ち着いたspaceは、ささくれだった心に極上の癒しを与えてくれる。

椅子に座り、ふぅと息を吐いた。平日の微妙な時間なので、客はほとんどいない。ほとんど、というよりオレ1人だけなのだが、それが嬉しかった。この至福の時間を得られる場所を、おた荘の連中――例えば毛利なんかにバレでもしたら最悪だ。聖域が崩壊すると言っても良い。だから、オレのワガママだが、ここは隠れた名店であって欲しいと思うのだ。

さて、menuも決まってるし、すぐにでも頼むか。そう思って顔を上げると、壁に貼られた一枚の紙が目に入り、オレは先ほどよりも驚愕した。『第六天魔王』という名の、馬鹿でかいかき氷の写真が目に飛び込んできたからだ。

この店の夏期限定名物らしいそのかき氷は、最近の一般家庭ではあまり見ないような古い雰囲気の木桶に入っている。bucketに入ったかき氷などはよく聞くが、木桶というのは珍しい。

味としてはやはり和風の店らしく宇治金時であるが、氷の上にふんだんにかけられた練乳や小豆が妙に旨そうに見えた。さらに、キンキンに冷えた氷に甘味だけでなく、orangeやcherryなどのfruitsも載っている。これはかき氷という枠を超越した存在かもしれない。

しかもこの第六天魔王、普通に食べた場合3000円ほどかかるが、30分で完食すればタダになるのだという。こんな味覚的にも価格的にもオイシイ話を無視するわけにはいかない。それに、今のオレは風呂釜いっぱいのice creamも食えそうなほど、冷たいものを欲している。

第六天魔王の貼り紙を見て内心かなり興奮していたが、そんなことではしゃぐのはcoolじゃないので、オレは動じた様子を見せないように、waitressを呼んだ。

「ご注文はお決まりかしら?」

「yes、あいつを頼む。30分以内完食にchallengeするぜ」

ニヤリと笑みを浮かべて注文すると、waitressは一瞬驚いたようだが、すぐに何事もなかったかのように注文を復唱して立ち去っていった。もう少し驚いてくれたって良いんじゃないかなどと、子供染みた不満を感じつつ、オレは再び一息吐いた。




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