(刺さないで、mosquito)

痒い。足の裏が尋常じゃなく痒い。この異様な痒みは、恐らく蚊に刺されたに違いない。shitと軽く舌打ちをして、オレは足の裏に手を伸ばし――かけて止めた。

足の裏を手で掻くのは、かなり擽ったい。その擽ったさに、自分は耐えきれない気がした。何より、擽ったくてニヘへと笑いながら足の裏を掻く姿なんて、coolじゃない。だから別の方法として、柱の角に足の裏をガスガスとぶつけて、痒みを紛らわせていたのである。

そんなオレの様子を寝転がりながら見ていた慶次が、可哀想なものを見るような目をして話しかけてきた。

「なぁ、政宗。何か悩みでもあるのかい?」

完全に勘違いされたようだ。柱を蹴りつけてfrustrationを発散しているとでも思われたらしい。全く見当違いにも程があることを、真剣そのものという顔で言われると、突っ込むに突っ込めない。

コイツは時々変な勘違いをする。心根の優しい良い奴なんだが、人のことに気を掛けるあまり、おかしな思い込みをしている時がある。普段から世話焼きというか、首を突っ込みたがるというか、困っている人を放っておけない質なのだ。いや、困ってない人にも関わろうとしているから、なんて言えば良いんだ、コイツの場合。

とりあえず、何か悩みがあるわけでもないことを、ただ単に蚊に食われたということを慶次に伝えるべきだ。

「No、蚊に食われた」

「かに?蟹食われたって、誰が食ったのさ?ていうか、俺のいない間に蟹なんて食ってたのかい?」

慶次は不服そうに口を尖らせる。何がどうしてそんな話になるのか。蚊に食われたという言葉と、蟹食われたという言葉は発音が同じなので間違えるのは分かる。しかし、その後の思考の超展開についていくことが出来ない。

オレだって、蟹なんてここに来てから食ったことがねぇっての。昔は嫌ってほど食ってたのにな。最近の食生活じゃ、蟹なんて雲の上の存在だ。

――って。

「全っ然ちげーよ!蚊に刺されて血を吸われたんだ!しかも、足の裏!」

「かに、かに、蚊に刺された?はあぁぁ、なるほど、蟹じゃなくて蚊なワケね」

ポンと小気味良く手を叩いた慶次は、ようやく納得したようである。しかし、蚊に刺されたということを伝えるのに、何故こんなに苦労をしなければならないのか。

ぐったりと弛緩したオレは柱にもたれ掛かった。足の裏の痒みも、もう気にならないほどになっている。

「そういや、最近やけに蚊が多いねぇ」

慶次がいやに楽しそうに言う。蚊が多いのが嬉しいのだろうか。お祭り好きなやつは、何にでもかこつけて盛り上がろうとしやがるな。

だが確かに、コイツの言う通り、最近やけに蚊が多い気がする。もしかしたら、この付近のどこかで大量発生しているのかもしれない。もしかしたら、この部屋から蚊を引き寄せるpheromoneが出ているのかもしれない。そこまで考えて、凄く嫌な気分になった。

そもそもオレの部屋にcoolerなどという文明の利器はなく、窓を全開にして暑さを凌いでいる。ただ、虫が室内に入らないように、網戸という画期的なitemは設置してある。しかし、どこからか蚊が侵入しているらしい。

「うわだあぁぁぁ!」

素っ頓狂な叫び声がオレの思考を中断させた。安らかな寝顔で夢の世界に旅立っていた元親が、奇声を発して飛び起きたのだ。そして、全身をガシガシと掻き始めた。

畳の上で寝ていたので、その痕が頬に刻まれている。さらに上半身裸というfreedomな格好で寝ていたため、畳の痕は背中や腹にまで及んでいる。ダサいぜ、元親。

「痒い痒い痒い痒い!」

「お前も蚊に食わ……刺されたのか?」

痒いと叫びながら全身を掻きむしる元親を見たオレは、確信を持って尋ねた。この様子から、オレと同じように蚊が原因であるとしか思えなかった。

元親の体を見てみると、赤い斑点が所々に浮いていた。見るからに虫刺されである。ひとしきり身体中を掻きむしった元親は、ふぅと一息吐いた。

「おぅ。蚊がいるぜ、この部屋」

「やっぱな。オレも刺された」

そう言って、オレは蚊に食われた足の裏をニュッと上げて、元親に見せた。ヤツは野郎の足の裏になんぞに興味はないといった様子で、ふぅんと鼻から空気が抜けるような声で返事をする。

とにかく、オレ以外の被害者もいることが確認出来た。問題は、蚊の野郎がどうやって部屋に侵入してきたかである。

虫が入らないように、網戸のついていない玄関のdoorは閉めてある。壁の穴で繋がっている猿飛の部屋は今誰もいないので、全て閉め切っている。となると、verandaへと通じる窓しか考えられない。

探偵になって推理をしているようで、なんだか少し楽しい気分になってきた。お祭り好きな慶次のことを、とやかく言えないようだ。

「全くどっから入ってきやがんだ?」

オレが腰を上げると、それに続いて元親と慶次が立ち上がった。今部屋にいるのは、この3人だけである。この3人で蚊の侵入元を探し出し、対処しなくてはならない。これで真田や毛利などというtrable makerが帰って来たら、さらに面倒なことになる気がするからだ。

網戸に近付いてオレは調査を開始した。そして、調査に本腰を入れるまでもなく、怪しい物体を発見した。

網戸の隅の方に置かれている、全長30cmほどの人の形をしたぬいぐるみ――オヤカタサマ人形。猿飛のお手製で真田が愛用しているという、なんとも言い難い代物だ。

まるで何かを隠すように置かれているソレを見て、オレは引っ掛かるものを感じた。思い出すのは、初めてこの部屋に来た日のこと。壁の下方に掛けられた不自然なcalendar。そこに隠されいた大きな穴。

はぁと溜め息を吐いたオレは、可愛らしい顔をしたオヤカタサマ人形をむんずと掴んで放り投げた。それを見た慶次と元親が驚く。オレの行動に驚いたのではない。破れた網戸に驚いていたのだ。

網戸に直径10cmほどの穴がでかでかとあいている。こんな穴があいていれば、蚊の野郎も軽々と部屋に侵入出来るはずだ。

こんな大穴が自然に空くわけがない。恐らく原因となる人物がいたに違いない。そして、その犯人は探すまでもなく思い浮かんだ。

このオヤカタサマ人形の持ち主、かつ昨晩窓の近くで人形と一緒に鍛練をしていた真田。鍛練というより、1人五月蝿く騒いでいただけなのだが、一回ヤツが変な叫び声を上げて固まった時があった。何ごとかと思って声を掛けたら、引きつり気味の笑顔をこちらに向けて、何でもないでござるよと繰り返していたのだ。あの時に、網戸を破ってしまったのだろう。

犯人は特定出来た。ヤツが帰ってきてから、色々と訊いたりシメたりすることとして、まずはこの大穴を塞がなくてはならない。


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