<リップクリームの季節>
小十郎から宅配便が届いた。部屋の真ん中にドデンと陣取っているその箱を開いて、中身を順番に取り出していった。
入っていたのはちょっとした日用品に野菜。何があろうと野菜だけは入っている。しかもその種類も雑多で、季節にちなんだものもあれば、巷ではあまり見ない外国の野菜などが入っている時もあった。どれだけ野菜maniaなんだ、アイツは。
その中で、最も異彩を放つものが2つ。lip creamである。
しかも、ただのlip creamじゃない。ネギとゴボウを模したfunkyな物体だった。
一体こんなものを、小十郎はどこで手に入れたんだ?アイツの野菜に関する商品探索能力は恐ろしいものがある。
だが、言っちゃ悪いがオレはこんなの必要としていない。そもそも、lip creamなんてものは使わないのだ。
箱の中に同封されていた便せんには、空気が乾燥しているから云々と小十郎の字で書かれていた。確かに唇が荒れやすい時期になったが、男のオレが使ったり持ち歩いたりするのは恥ずかしい気がする。
lip creamというのは、女子がキャッキャッ言いながら持っているものだというimageがあるのだ。
そんなことを近くにいた猿飛に言ったら、分かってないねぇ、というような表情をされた。なんだかムカつく。
「最近じゃ、男でもリップ持ってる奴なんて普通だよー、てか俺も持ってるし」
なんて言いながら、pocketに入っていたmentholatumを取り出した。やっぱりなんだかムカつく。オレも一応イマドキの若者気取ってるが、猿飛にゃ敵わねぇな。
しっかし、lip cream持ってんならコイツに押し付ける作戦はムリだ。
「Ah、持ってんならコイツはいらねぇか。使わねーからやろうと思ったんだけどな」
「持ってなくてもいらないよ、それは」
何気に酷い言い草だ。だが、こんなsenseをしているのは小十郎であって、オレが傷つく必要はない。それにオレだってこの趣味はどうかと思ってたりする。
「おい、元親!lip creamいるか?」
「いや、俺もう持ってるし」
寝転がって雑誌を読んでいた元親にオレは話を持ちかけた。元親は寝転がったまま、器用にpocketから平べったいlip creamと取り出して放り投げてきた。
錨型をしている。こんなものまであるのか。というか、こんなものを見つけるなんてコイツもなかなか凄い気がする。
「ふぅん、持ってるもんなんだな」
「我も持っておるぞ」
聞いてもいないのに、自己申告してきたのは毛利である。自慢げに見せるものは、オクラ型のlip creamだった。コイツも一体何考えてそんなの買ったんだ。
ヘタの部分を捻ると中身が出てくるという、これまた妙に手の込んだものである。得意満面といった顔が、何故かムカつく。
元親のものといい毛利のものといい、lip creamの幅広さにオレは驚いていた。小十郎の送ってきたものも、案外広く世に出回っているのかもしれない。
しかし、どいつもこいつも持ってるので、押し付けられないままだ。
「んじゃ、真田はどうだ?」
「そ、そ、某は!も、持って参るでござる!」
絶対持ってないと踏んでいたのに、コイツも持ってるってのか?それにしては挙動が不審すぎる。何か怪しい。
壁の穴を通って202号室に行って、またオレの部屋に真田は戻ってきた。その手に持っていたのは、stick paste――いわゆる糊だ。
「そ、某のりっぷくりんというのはこれでござる!」
「おいおい無茶すんなよ、真田!」
皆が持っていて自分だけないのが悔しかったのだろう。だからって、糊をlip creamと言い張るのは無茶しすぎだ。
糊をギギギと唇に無理やりに塗りたくろうとする真田を、猿飛が必死に止めている。あんなの唇に塗ったら、とんでもないことになるぞ。
しょうがないから真田にゴボウのlip creamを渡そうとしたら、頑なに断り始めた。どうあっても糊をlip creamだと言い張るらしい。変なところで強情だ。
「あ、俺持ってないからちょうだい」
元親と同じようにゴロゴロしながら、雑誌を読んでいた慶次が声を上げて起き上がった。おー、ちょうど良い奴がいた。
「遠慮なくやるよ」
「ありがとさん、ってこれネギ味にゴボウ味って書いてあるね」
「What?」
味ってなんだ、味って。lip creamに味なんて必要なのか?しかも、ネギ味ゴボウ味って微妙すぎだろう。
小十郎の複雑怪奇な思考回路に思いを馳せながら、オレは慶次に示された部分を見た。確かに味が書いてある。
「すっきりヘルシーゴボウ味とピリ辛ネギ味だってさ」
こんなものを開発した人物を呼んで来い、と思わず言いたくなった。突っ込みどころが多すぎて、いちいち突っ込んでいる余裕がない。
物珍しそうにlip creamを眺めている慶次の周りに、猿飛やら元親やらが興味深々といった表情で集まっていた。
「取り敢えず、つけてみようか」
面白がった慶次がおもむろに蓋を開いて、唇に塗り始めた。しかも、ネギ味の方を。とんでもないchallengerである。
しばらくして、慶次が顔をしかめて妙な声を出した。
「なんかヒリヒリしてきた」
そりゃそうだ、ピリ辛ネギ味なのだから。なんて考えていると、猿飛がアッと驚いたような声を上げた。
「保温効果を出すだめに唐辛子成分が含まれてます、だってさ」
「はあぁぁぁっ!?」
lip creamに唐辛子っておかしいだろ!保湿効果なら分かるが、保温効果ってなんだ?こんなものを作ろうと考えた奴の気が知れない。
そうこうしている内に、慶次が痛い痛いと口を押さえてちゃぶ台に顔を突っ伏し始めた。
明日、慶次の唇がどんなことになっているかは大体想像がつく。ひーひー言っている慶次を、元親と毛利がニヤニヤした笑みを浮かべて眺めている。酷ぇ連中だ、と言いたいところだがオレも笑っているので言えない。悪いなぁ、慶次!
後から小十郎から聞いた話だが、あのlip creamは小十郎が考えたoriginal blandのものだったらしい。ただ商品としてこれは拙いということで、stopがかけられて世に出回ることなく終わったそうだ。止めた奴らの判断は正しかった。
それを勿体ないからとオレのとこに送ってきたのが、真相だったわけである。勿論、慶次はその後三日ほど苦しんだ。恨むんなら小十郎を恨んでくれよ。
―終―
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