結局、政宗たちが部屋の中に入れてもらったのは、日輪が随分高くなってからであった。

寒さで凍えて真っ白な顔をしていた政宗たちに、毛利は清々しい笑みを浮かべてこう言った。

「我のお陰で、素晴らしい日輪を拝めたようだな」

その言葉を聞いたあとすぐ、政宗は体中の力が抜けるのを感じた。



元日、201号室にて



今、政宗・元親・慶次の3人は201号室に並べられた布団に寝かされている。

「全く、あれしきのことで風邪をひくとは情けない」

「誰のせいだと思ってやがっ……はっ、ぅげほっ!」

毛利の言葉に、政宗が反論しようとしたが、途中でむせて布団に顔を突っ込んだ。相当に苦しい。熱のせいで体がだるい上に、咳と鼻水が止まらない。

3人揃って、風邪をひいていしまったのだ。政宗の隣では、額に濡れたタオルを当てた元親がうんうんと唸っている。さらにその隣では、慶次がうつ伏せになって枕に突っ伏している。

酷いあり様な3人を、毛利は毛布に包まりながら押し入れに座って眺めていた。畳の上は布団に占領されてしまって、居場所がないらしい。

「真田はひいておらぬではないか」

「アイツは何したって風邪ひかねぇだろ」

政宗たちと同じ目に遭っていたはずの真田は、元気に佐助の部屋で雑煮を食べている。風邪がうつると拙いというのと、政宗たちをさらに悪化させてはいけないという理由で、隔離されているのだ。夢吉も一緒に佐助の部屋に移された。

毛利は一応3人の看病をしている。少しは責任を感じているのかと思ったら、佐助に頼まれて渋々やっているようだ。

しかも、ただ眺めているだけなので看病とも言えない。政宗は毛利に看病などされたくないと思っているので、見ているだけという状態の方が都合が良いが。

「お粥できたけど、食べれるー?」

201号室と202号室を繋ぐ穴から、佐助が3つ茶碗を載せた盆と一緒に出てきた。良い匂いが鼻孔をくすぐるが、胃の方が全く受け付けなさそうな雰囲気だ。

「あんまり熱いとすぐ食べられないっしょ。だから、少し冷まして持ってきたよ」

ひょいひょいと佐助は身軽な動きで、政宗たちの枕元までやってきた。そんな気遣いまでしてもらって有難いのだが、どうにも食べられる気がしなかった。

「み、水が、飲みた……い」

息も絶え絶えに元親が言う。砂漠で行き倒れた旅人のような雰囲気と台詞に、政宗は突っ込みを入れたかったが、自身にもそんな余裕はない。

元親の言葉を聞いた佐助が動こうとした時、毛利が立ち上がった。

「水か、少し待っておれ」

202号室に通じる穴を、毛利は潜っていった。幼馴染みの元親が苦しんでいる姿を見て、何かしようという気にでもなったのだろうか。

かなり珍しい光景に、佐助も唖然として驚いている。あの毛利が親切心を見せるなんて、今日は雪どころか雹でも降るかもしれない。

しばらくして202号室から戻った毛利の手には、コップが握られていた。しかし、その中身は水ではなく、氷。

「水ではすぐ飲み切ってしまうからな。しばらく口の中に残る氷の方が良いだろう」

氷の方が熱も下がりそうな気もするが、別に水でも何ら問題はないはずである。頭の良い毛利は、変なところでそれを発揮するのだ。もしかしたら、新手の嫌がらせかもしれない、と政宗は熱で朦朧とする頭で考えていた。

「長曾我部、口を開けろ」

「い、いやだ、水がいい」

元親の口を無理やりこじ開けて、毛利は氷を突っ込もうとする。元親は病床でありながらも必死の抵抗を試みた。

布団の中でもがく元親の頭をガシッと押さえる毛利。元親が力を振り絞って、その手を払いのけようとした。

その弾みで、毛利の手から氷がスルッと飛んでいった。氷は弧を描いて、うつ伏せで寝ている慶次の方へと一直線に向かう。

そのまま、トレーナーの隙間から慶次の背中にスルリと入り込んでしまった。

「あぎゃああぁぁぁぁっ!?」

慶次が凄まじい悲鳴を発しながら飛び起きた。冷たい氷が何の前触れもなく背中に入り込んだのだから、その驚きようも無理はない。

しかし、その悲鳴に来なくても良い人物が駆け付けることとなった。

「何事でござるかあぁぁぁっ!?」

「だあぁぁあ、イッテェェェ!どけ、真田あぁぁぁっ!」

勢いよく参上した真田は、ギュムリと政宗を布団の上から思い切り踏みつけた。いくら天然の仕業とはいえ、容赦のない踏みつけ具合である。

あまりの痛みに政宗が体をよじる。その拍子に政宗の右手が、枕元に立っていた佐助の脛にバシッとあたった。

「ちょ、うわっ?」

バランスを崩した佐助は、手に持っていたお粥を引っくり返してしまった。その下にあるのは、元親の頭。

――哀れなるかな。

「あだああぁぁぁっ!」

元親は頭から思い切りお粥をかぶってしまったのだった。

一瞬の後、部屋の中はしぃんと静まり返った。あまりにも酷い惨事に言葉も出ない。

毛利は中腰でコップを持ったまま、慶次は布団を中途半端にかぶった状態のまま、真田は片足を上げたまま、政宗は右手を振り上げたまま、佐助はお盆を掲げた状態のままで、お粥まみれになった元親を見つめていた。

どれくらい経ったのだろうか。時間が止まってしまったような空間の中で、突然真田がペコリとお辞儀をした。

「あ――あけましておめでとうございまする」

何かを言わなくてはならないと考えたのだろう。しかし、何を言えば良いのか分からなかったのだろう。真田の口から思わず出たのは、今さらすぎる新年の挨拶だった。

そう言えば風邪だのなんだのと大変すぎて、まだちゃんと挨拶をしていなかったと政宗は思い出した。

「あー、おめでと、旦那、それにみんな」

佐助がなんとも形容し難い笑みを浮かべて、真田に続いた。多分、目の前に広がる現実を直視したくなかったのだろう。あはは、と乾いた笑い声を上げている。

「んんん、お、おめでとさん、ね」

ぜえぜえと荒い息を吐きながら、慶次も顔だけグリンと上を向いて挨拶した。熱のせいで頭が働いておらず、自分が何を言っているのか分かっていないに違いない。

「……今年も宜しく頼むぞ」

皆につられた毛利も、無愛想な口調で新年の挨拶をする。佐助と同じく、現実から少し逃避したかったのかもしれない。

「あー、うん、happy new year、ってか、おめっとさん」

政宗は力なく項垂れながら、投げ遣りな挨拶をした。体のだるさのせいで、何もかもがどうでも良いという気分に陥っている。

「全っ然、めでたくねぇだろーがあぁぁぁ!」

元親の切実な叫びが部屋中に響いた。新年早々から、こんな目に逢うなんて相変わらずな不幸っぷりである。

いや、元親だけでなくドミノ倒し的にこんな嫌な連係プレーを見せた自分たちも相変わらずだ。そんなことを考えながら、政宗は不貞寝の姿勢に入ろうとしていたのだった。



―終―


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